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雑誌の編集者で離婚したばかりの40代後半の男性と、30代で独身の元恋人が、吉祥寺のデパートに入っているそば屋で偶然の再会するところからこの小説は始まります。主人公の男性は離婚をきっかけに井の頭公園近くの築50年の家を借りて住むことになり、偶然に再会した元恋人の女性も近くに住んでいることがわかったことで、友人として二人の付き合いが少しずつ進んでいきます。実はその女性は父親と二人で暮らしていました。
女性が主人公の家にいる時に同居の父親が心筋梗塞で倒れたため、二人で父親を病院に運んだり、退院時のサポートを主人公以外に頼める人がいなかったことで(父親を抱きかかえるなどは男性の腕力が必要で)二人の距離は縮まっていきます。

元恋人の女性はベリーショートの髪型の似合う人で、理知的でありながら細かい気づかいができ、そしてデザインの仕事をしているといった、かなり魅力的な女性に書かれているところがこの小説を面白くしている大きな要因だと思いました。彼女の女性としての魅力が主人公の復縁への気持ちを少しずつあおっていくところは、僕にもわかる気がしました。

一度は離れた二人が偶然の再会から少しずつ親密になっていく様子は、大げさですが小説を読む醍醐味を感じてとても楽しく読めました。それは、映画などの映像表現で表現しきれない言葉の力だと思います。

お互いの家が近いことや、主人公がもう離婚していることから二人の距離は少しづつ縮まって恋人の関係に戻ったことで、終盤で主人公は女性と女性の父親と三人で暮らすことを真剣に考えるようになります。そこに少子高齢化社会の問題が少しずつにじみ出てくるところも、この小説の読みどころの一つになっていると思います。ただ主人公は小説の中では女性との「再婚」という社会制度について具体的に考えていません。そのことが益々問題を複雑にしてしまうため、同居はしても家族にはならないことを今後も続けることになるのかわからないままです。自分もやがて老人になる事を考えると家族になったほうが心強いとも思いますが、こういう考えは醜いエゴかもしれません。

その中で気になったのは、恋人の女性はまだ30才代なのに、彼女からは最後まで結婚願望が全く見えないことでした。年老いた父親を引き取って暮らし始めた時から結婚を諦めたのかもしれませんが、小説の中ではそのことは言及されていません。ただ主人公が彼女の現状に対して以下の様に思いを巡らせる箇所があります。
『三十代の半ばの前途洋々たる独身で、認知症の父親とのふたり暮らしをつづけるーそう決めて毎日をおくっているとしたら、それはどうしてなのか。血をわけた父と娘には「どうして」という疑問の余地などないものなのか。だんだん、わからなくなってくる。』
現実的には、正解のない難しい問題だと思います。

親の介護のために結婚を諦める人がいることを問題にした報道を少し前に見ました。
僕は介護を優先させなければならないというのは、それぞれの残りの人生の長さを考えた時に少し問題があるように思います。でも、理屈だけでは割り切れない親子の情もあることもわかります。本当に、当事者にとっては難しい問題だと思います。低価格で質の高い介護サービスの提供というのは難しい問題で、政府が解決しなくてはいけない優先順位の高い課題だと思います。

人間について面白い考察が書かれていましたので紹介します。
「人間はそもそも、相手がほんとうはなにを考えているのかわからないのだ。たとえキスをしていたとしても、抱きあっていたとしても、わからない部分は残る。ことばを使ってものを考え、ことばで伝えるようになってから、つまり人間が人間という風変わりな生きものになってから、伝わるものが伝わらなくなった、と言えないだろうか。」
確かに現代人も現代社会も複雑さがどんどん増して、人間はある意味で難しい生き物になってしまったように僕も思います。その場の雰囲気を読むことの大切さは、これからますます重要になっていきそうです。

この小説は中年男女の恋愛小説ですが、親の介護一人暮らし老人の急増、取り残されそうな古い住宅などの現代の少子高齢化社会の問題が具体的に書かれているところが、この小説の新しさかもしれないと思いました。。

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