image_pdfimage_print
池内紀・松本典久編(東京書籍)

多様な分野の著名人が書いた鉄道に関するエッセイを集めた本です。
今はコロナウイルスのせいで旅行がままならないので、読む鉄道旅はなかなか楽しいです。

都心の電車、地方のローカル線そして外国の鉄道の話もあって、それぞれに書かれている車窓風景は汽車や電車だから見えるものがあって、読みながら本当に鉄道旅をしているような感じになりました。

鉄道旅の旅情を書いた人と言えばやっぱり内田百閒先生で、この本では「房総鼻眼鏡 房総阿房列車」が紹介されています。旅の行程は、両国駅から総武本線で銚子まで行って一泊し、成田線で千葉駅に戻り一泊して、翌日は内房線(当時の名称は房総西線)で安房鴨川に行って一泊し、外房線(当時の名称は房総東線)で千葉駅へ出て東京に帰るという旅でした。タイトルの鼻眼鏡の片方は総武本線と成田線で、もう片方が内房線と外房線をつなげた周遊です。それを鼻眼鏡のようだと名ずけたユーモアのセンスは大したものだと改めて思いました。
内田百閒先生の書く車窓風景の叙情を帯びた文章は、まさに文学的名文で、この旅では成東ー銚子間の社内の様子や駅の様子が美しく書かれています。

「房総鼻眼鏡 房総阿房列車」の後に、関川夏央さんによる内田百閒先生について解説した「汽車は永遠に岡山に着かない」というエッセイが載っています。これを読めば「阿房列車シリーズ」をより味わい深く読めるようになると思います。

東海道本線で東京から熱海まで旅した時のことを書いた幸田文さんの「雨」も紹介されています。幸田さんの文章はとても美しいです。この話は1956年に書いたものですが、これを読むと今とはだいぶ違う事がわかります。僕が一番驚いたのは湯河原駅のホームでみかんを売る駅売りの人が当時はいたことです。そこで子供にせがまれて母親がみかんを買う情景が書かれています。熱海に着いて降りる時、車内にみかんの皮が散乱していたと書いています。この当時は長距離を走る列車が多くて、お客さんは車内で弁当食べたりみかんを食べたりして、そのゴミを普通に椅子の下に捨てていた時代だったことがわかります。ゴミを自分で持ち帰るというのは今では常識なので、この様なところに時の流れを感じます。これも本を読む楽しさの一つだと思います。

少し珍しい人として、新幹線で飲食物のワゴン販売をするパーサーと呼ばれている人の話や、九州で新幹線の他に特急や観光電車のデザインを行った水戸岡さんの話もおもしろかったです。

「本の雑誌」で挿絵を書いている沢野ひとしさんのエッセイを、久し振りに読めたのも僕にはうれしかったです。

お問い合わせフォーム