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「手作りの画集」というアルバムタイトルのどこか寂しげな感じが、このアルバムの内容をよく表していると思います。

オレンジの口紅

シングル盤は出ていませんが、太田裕美の楽曲の中で人気があり名曲と言われています。

松本隆的な言葉
・冷や汗かいてたコカ・コーラ 二人で半分ずつ飲んだ あの夏の光
・青い波 青春がきらめいた
・岩場でキスした思い出も 心に悲しく打ち寄せる あの夏の光
・オレンジ色の口紅さえ 20才を過ぎれば似合わない あの夏の光

去年の夏の恋を思い出している主人公の彼女が、今年の夏も去年の彼に会いたいと願う歌です。
そして、去年の思い出をたどった最後に、今の自分は去年していたオレンジ色の口紅がもう似合わない、20才過ぎの大人の女性に変わっていきつつあることに気が付き、恋も終わっていたことを薄っすらと自覚する少し哀しい歌です。

去年の思い出に出てくる夏の海の情景に、僕はとても共感できます。
冷や汗かいたコカ・コーラ青い波岩場のキスオレンジ色の口紅という言葉はうまく言う事はむつかしいですが、僕にとっても70年代後半を連想させてくれます。
当時の清涼飲料水といえばコカ・コーラかファンタ(オレンジ、グレープ)ぐらいでした。
それから、高校を卒業したばかりの夏休みに会った同級生の女の子達は、本当にオレンジ色の口紅をしている人が多かったです。でも、ぼんやりしている僕はそのオレンジ色の口紅が、20才を過ぎると似合わないものだとは全く知りませんでした。

僕はこの歌を聴くと、18歳から20歳くらいまでの夏に、一緒に海に行った同級生の女の子達を思い出します。その中の何人かは僕の友達と高校生の時から付き合っていたし、新しい恋も芽生えていたりしてみんながキラキラして青春を楽しんでいました。
当時の僕は、片思いの女の子がいつもお弁当を用意して一緒に海に行ってくれただけで、心が舞い上がっていました。
そして、この楽しい時間はいつまでも続くと信じていました。でも現実は、その後ほとんどのカップルが別れてしまって、あの時代の夏の海はもう遠い思い出の中に消えてしまいました。
みんなが朝から夕方まで海で笑い続けて、夕方に町へ戻って近所の居酒屋で生ビールを飲みながら、誰かの失敗談にまたみんなで笑い転げました。その時は、昼間の海には参加出来なかった他の友達も集まってきて、本当に楽しかったです。
おそらく、70年代後半の青春というのは、みんなこんな感じだったのではないかと思います。

わかれの会話

「木綿のハンカチーフ」と同じように男性と女性の言葉が交互に出てくる構造の詞になっています。
そして、小説のように一つの物語になっているので、聞いていると歌詞の世界に引き込まれていきます。この曲も隠れた名曲だと思います。

松本隆的な言葉
・昔なら稲妻光れば ぼくの手に抱きついたのに(男性)
・あの頃の君はミニスカート 今よりも無邪気だったよ(男性)
・あの日もこうして爪さきだって くちづけしたのも遠い夢なのね(女性)

付き合っている彼女が、だんだん大人になっていくことに違和感を覚えてしまった彼が、彼女に別れを切り出す歌です。
自分も変わっていくのだから、気にしなくていいではないかと思いますが、たぶん彼は、彼女の内面に起きた心の変化(だんだんしっかりして、落ち着いてくる)が耐えられなくなったと思います。
ずっとピュアなままでいて欲しかったのでしょう。
彼の要求はむつかしいものなので、この後に彼が気がついて別れないでいてくれればと思ってしまいます。

手に抱きつくミニスカート爪さきだってなど若い女性の可愛らしさが散りばめられているところが、この歌を美しくしていると思います。
男性の松本隆がこの様な小物やシチュエーションを書けることが凄いことだと思います。
また、一つの単語で状況を連想させる手法が、やっぱり素晴らしいです。

赤いハイヒール

太田裕美の5枚目のシングル曲です。
この曲も「木綿のハンカチーフ」と同じように、女性の言葉と男性の言葉が交互に出てくる構造になっています。

松本隆的な言葉
・そばかすお嬢さん 故郷(ふるさと)なまりが それから君を無口にしたね(男性)
・そばかすお嬢さん ぼくの愛した 澄んだ瞳は何処に消えたの(男性)
・そばかすお嬢さん ぼくと帰ろう 緑の草原 裸足になろうよ(男性)

「木綿のハンカチーフ」とは反対に、恋人の心の内をとても理解してくれる彼が、彼女を人生の迷いから救い出す話になってます。
そもそも、この様な話がそれまで歌になったことはなかったと思います。都会生活と故郷の生活との大きな違いに戸惑い悩む彼女に手を差し出す彼は、同じ故郷の幼馴染か高校の同級生だと思います。歌詞の中では書かれていませんが、彼も都会生活に違和感を多かれ少なかれ持っていたのだと思います。そして、彼は「故郷に帰って幸せをつかもう」と彼女に言うところでこの曲は終わります。

松本隆は就職で上京した女性が、みんな楽しく暮らしているわけではない事を書いて、地方に住む若者達にメッセージを送りたかったのだと思います。
家の事情で都会に出る事ができなかった人も、その地方で活躍できる場所があることや、都会だけが夢のある所ではない事をを暗黙に伝えたかったかもしれません。

澄んだ瞳の若い女性が、故郷のなまりが気になって無口になっていくのは哀しいです。
こういう種類の哀しさを歌にできるのは、やっぱり松本隆しかいないと思います。
大ヒットした曲ではないですが、こういう世界観を書いた事は、松本隆が発見した新しい歌謡曲として歴史的なことだったかもしれません。

茶いろの鞄

何かの用事で卒業した高校の自分の教室に行った主人公の彼女が、自分の机の前で高校時代に好きだった彼(たぶん片思い)を思い出して、感傷的な気持ちになっている歌です。

松本隆的な言葉
・のばした髪に帽子をのせた あいつの影が ねえ見えるようだわ
・学生服に煙草かくして 代返させてサボったあいつ 人間らしく生きたいんだと 私にだけは 
ねえ やさしかったわ
・あいつも今は色褪せてゆく 写真の中で ねえ逢えるだけなの

髪を長く伸ばして学生服に煙草を隠していた彼が、「人間らしく生きたいんだ。」とクラスメイトの女性に呟くという情景は70年代らしい郷愁感があって僕は好きです。
あの頃、多くの男子高生は学校で煙草を吸っていたと思います。もちろん見つかれば停学処分ですが、先生も見て見ぬふりをしていたようにも思います。それが70年代の良いところです。
人間らしく生きたいという感情も、当時の映画や小説でもよく扱われていたし、日本や世界でヒットした多くのフォークソングやロックミュージックで叫ばれていたあの時代の言葉だったと思います。

主人公の彼女が久しぶりに高校に行ったのが、卒業して何年後なのかはよくわかりませんが、たぶん、2、3年後で少し世の中の流れも反発から順応に変わっていった頃だと思います。
僕の記憶では70年代も後半になっていくに従って、そのようになっていったと思います。

でも彼女は、あの頃の無理をして少し背伸びをしていた、そんな彼が好きだったのです。そして、久しぶりの教室であの頃の彼はもういないことを思い知らされて、それがとても寂しかったのです。

変わっていく時代と、過ぎていった青春時代の思い出の恋がオーバーラップする、とてもせつない松本隆ならでは歌です。

このアルバムには、この他にあと7曲収録されています

敬称は略しました

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