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昔からこの本を読みたいと思いながら、なかなか読めなかったのですが今回はタイミングが合って読むことができました。著者の寺田さんが夏目漱石の小説「吾輩は猫である」の水島寒月や、「三四郎」の野々宮宗八のモデルと言われていることもだいぶ前から何かで読んで知っていました。そして「天災は忘れた頃にやってくる」の名言を残した物理学者であることもよく耳にしていました。

今回読んで感じた感想は「物事をとても論理的に筋道立てて考えていくなかで、論理だけでは割り切れない事にぶつかった時の情緒的な解釈が美しい」ということでした。全体的には物理学者らしい考え方で占めているなかで、時々出てくるとても人間的な言葉が不意を突かれて何回も驚きました。

それは、学生時代から夏目漱石らと俳句結社をやっていた痕跡なのかもしれません。
そして特に印象深かったのは、表に見えるさまざまな事象のことを書いていても、どこか無常感や寂寥感を感じてしまう文章を書いていることでした。。このような書き手はなかなかいそうでいないのではないかと思いましたし、それが大勢の読者を引き付けたところなのだろうなと思いました。

特に面白いと思った言葉は次のようなものです。
『「子供の私」は今でも「おとなの私」のどこかに隠れている。そして意外な時に出て来て外界をのぞく事がある。』

この後に「柿の種」(岩波文庫)という晩年に近い頃に書かれた随筆集を読みました。その中で松尾芭蕉と喜多川歌麿が、二人でレストランで食事している様子を想像した文章が書かれていました。その後半に「芭蕉は、相変わらずニコニコしながら、一片の角砂糖をコーヒーの中に落として、じっと見つめている。」というところがあって、とても俳味があるなあと感心しました。

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