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龍野の最寄り駅「本竜野駅」は姫路駅から姫新線に乗って20分くらいの所にあります。

本竜野駅

龍野は見るべき所の多い町だったので、今回のブログはダイジェスト的に書きたいと思います。

本竜野駅前の道を真っ直ぐ行った先にある龍野橋を渡って散策が始まりました。

龍野橋を渡って最初の交差点を右に曲がるとそこはもう重要伝統的建造物群保存地区でした。
パンフレットを見ると、龍野の町の3分の2が保存地区の中に入っているようです。そんな町が日本中でどのくらい残っているだろうかと驚きました。
電信柱が余分な気もしますが、昭和的で最近ではこれも味わいがあるように思います。

趣のある街並み

この通りをしばらく歩いて行くと、いい感じの喫茶店がありました。店名は「エデンの東」となっていました。本当は入ってみたかったのですが、まだ来たばかりで休憩時間ではないと思って通り過ぎました。

喫茶店「エデンの東」

喫茶店のあった所から少し戻って、浦川という小さな川沿いを歩くと如来寺という寺がありました。

浦川沿いの道
如来寺

この寺は500年の歴史があり、龍野藩主の脇坂家の菩提寺ということでした。。
とてもりっぱな鐘楼がありました。

鐘楼

如来寺から北側に少し歩くとすぐに龍野城址がありました。入口が埋門(うづみもん)だと思います。

龍野城・埋門

埋門をくぐると左に曲がるようになっていました。時代劇で使われそうな階段や塀がとてもよかったです。直角に曲がるので、ここを枡形(ますがた)的な場所と考えていたかもしれないと思いました。

埋門の先の階段

階段を上がると広場になっていて本丸御殿がありました。龍野城址には天守閣はありませんでした。

本丸御殿

広場の西側に多聞櫓(たもんやぐら)と思われる櫓がありました。

外に出る門は、門の端の小さな扉から出ました。
こういう所で小さい方の扉で出入りするのは、珍しいと思いました。

出口の門

出口の門から続く大きな階段による下り坂は、江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになれる本当に素晴らしい坂道でした。

出口の門から続く坂道

塀の石垣は野面積みの乱積みで安土桃山時代的な感じがしました。

安土桃山時代を思わせる石垣

龍野城址を降りて小学校の横を通って西に行くと、おそらく江戸時代は上級武士が住んでいたのではないかと思われるような通りがありました。家は新しいですが、庭の立派な木が塀越しに見えて、そのような雰囲気が溢れていました。

上級武士が住んでいたと思われる通り

その先には龍野公園があります。ここには龍野出身で童謡「赤とんぼ」を作詞した詩人の三木露風歌碑と銅像がありました。

「赤とんぼ」の歌碑
三木露風の銅像

龍野公園の入口に「さくら路」という観光売店があり、ここでは食事もできるらしいのでこの店に入りました。

「さくら路」

名物の「手延べそうめん」があったので喜んで注文しました
「手延べそうめん」は西播磨地域の伝統的な食べ物として有名です。
写真はそうめんを二束使ったものです。

そうめんがのどを通った後からわずかに小麦粉の味がしてきて、さすがに美味しいと思いました。

手延べそうめん

三木露風の銅像から北側に坂を上がっていく道は「文学の小径」と名付けられていました。
その道の先にある「聚遠亭」(しゅうえんてい)という庭園に行ってみました。
芝生の広場の片側に池に浮かぶ茶室がありました。この茶室は幕末期に龍野藩主が朝廷から拝領したそうです。

聚遠亭

奥まった所にもう一つ建物がありましたが、周囲に広がる苔むした庭がきれいでした。

苔むした庭

聚遠亭から階段を降りた先に「もみじ谷」と呼ばれる景勝地がありましたが、まだもみじは赤くなっていませんせした。

龍野城址の方に戻り「霞城館」(かじょうかん)という、龍野ゆかりの文学者にまつわる資料を展示している文学館に立ち寄ってみました。
主に、詩人「三木露風」、詩人「内海青湖」、歌人「矢野勘治」、哲学者「三木清」が紹介されていました。

霞城館の入口(城の塀のような造り)
霞城館

次は近くにある「武家屋敷資料館」に行ってみました。

武家屋敷資料館

この家の主は鉄砲師や鍛冶職として仕えていたとパンフレットに書いてありました。
二人扶持というさほど高くない家格だったようです。しかし、広くはないですがが付いたいたり、欄間に精巧な彫刻が施してあったりして、龍野藩の豊さがわかる武士の家でした。

龍野はとにかく城下町風の街づくりに力を入れているようで、小学校のプールの出入口にも立派な門が立てられていました。

小学校のプール出入口の門

次は三木露風の生家にいきました。この辺りは狭い場所に行きたい所が集中しているので、移動時間は数分です。

三木露風生家

ここでは、説明員の方がとても丁寧に話をしてくれました。三木露風本人だけでなく、家族や一族のその後についても説明してくれました。三木露風が人生の何に苦労したのかもわかりました。

次は、国の登録有形文化財に登録されている「大正ロマン館」に行きました。
ここは、大正13年に建設された龍野醬油協同組合の事務所だった建物です。

大正ロマン館

隣には龍野の地場産品などの販売もしているカフェレストランが併設されていました。

この大正ロマン館に偶然にも龍野に本社を持つ「ヒガシマル醬油」の会長さんが来ていて、なぜか職員の人が紹介してくれました。「うどんスープ」を勧められましたが、大きな会社の会長さんなのにとても庶民的でたいへんに穏やかな方でした。

次は少し歩いて圓光寺という寺に行きました。

圓光寺

山門の竜の彫刻に迫力がありました。

山門の彫刻

この寺は道場を持っていたことから、14歳から宮本武蔵が出入りしていて、自らの修行や弟子の指導をしてきた寺だそうです。
そのためか、寺には城ののような建物もありました。

宮本武蔵の石碑と櫓のような建物
圓光寺の本堂

次は「片しぼ竹」という国の天然記念物になっている竹を見に行きました。
筆頭家老の屋敷だった場所に建つ「梅玉」という旅館の開放されている庭で見ることができました。

片しぼ竹林

正直言ってよくわかりませんでした。パンフレットを見ると大きな竹が生えているはずなのに、そのような竹が見当たりませんでした。探し方が悪かった可能性は高いです。

本竜野駅に戻る途中は「ヒガシマル醬油」の工場が道の左側に見え続けました。大きな煙突も見えました。横道に入ると工場の門があって工場の中が見えました。食品工場らしく、整頓されたきれいな工場でした。

ヒガシマル醬油の工場

とにかく龍野は見る所がたくさんありました。そして、映画「男はつらいよ」の舞台にもなっただけあって、古いものが今もいきいきと生活に溶け込んでいて、とてもいい町でした。
桜の季節や紅葉の季節に訪れたなら、また違った大きな魅力を楽しめる町だと思いました。

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