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原武史著(講談社現代新書)

この本は「鉄道ひとつばなし」シリーズの4冊目になります。
今回は日本政治思想史が専門の原さんらしく、単なる「乗り鉄」から一歩も二歩も踏み込んで、私鉄を含めた鉄道の歴史や、JRの経営方針などを考えながらの話になっています。本のタイトルが「鉄道ひとつばなし」ではなくなったことは、その様なことも関係しているかもしれません。
そのため僕のような「ぼんやり乗り鉄派」には、正直に言って少しハードルが高い話が多いです。

「沿線文化の起源」という章は、阪急、西武、東急の電車を日常的に利用している人は、読むと面白いかもしれません。私鉄というのは、創業者の考え方や人間性が大きく反映していることを原さんは書いています。確かに各沿線ごとの違いをふと感じる時があります。僕はあまり気にしたことはないけど、駅前の商店街も各沿線ごとに色合いが違っているいるかもしれません。(駅前の商店街を分析した本があったら面白そうです)
沿線に高級住宅地があったりする所と、マンモス公営団地がある所の違いは沿線というよりも地域差になってしまうかもしれません。

JRが新幹線中心の経営戦略になっていることの反動から、地方の赤字路線に対しての対応に不満を書いています。
廃線にしたり、一日の本数を減らしたり、第3セクターに移管したりすることは前から残念だと書いていたような気がします。今回は災害時の復旧工事が遅いことなどをを取り上げています。
JRも民間経営なので、どうしても課題に優先順位が付いてしまうのは仕方のないことではないかと僕は思います。JR各社の上層部の人達も、鉄道が好きで入社した人が多いのではないかと思うので(JR全線を完乗した人が何人もいたりしたら楽しい)、彼らの良心のようなものに今後は期待していきたいと思います。そして、これからの日本社会もヨーロッパのように、能率より豊かさに徐々に比重が傾いていくと思うので、優先順位に変化が出てくる可能性は大いにあると思います。。

今回一番面白かったのは、1975年に廃止された「つばめ」と「はと」の復活を妄想して、行きは「つばめ」で行って大阪に一泊し、帰りは「はと」で東京に帰ってくる仮想旅です。
ここでは旅の途中で原さんが見た車窓について紹介していきたいと思います。
東京ー大阪間を7時間30分で走るダイヤ設定なので、新幹線と違ってしっかりと車窓を見ることができるのがこの電車の最大の長所です。

「つばめ」

戸塚ー大船間で横須賀線と併走する。至近距離なので、横須賀線の乗客の顔がはっきり見てとれる。(最初からマニアックだなあと思いました)
・穏やかな海が車窓いっぱいに広がる根府川の手前で、列車はわざと速度を落とす。そして、沖合に伊豆大島をはっきりと見ることができ、少し行くと初島が見える。(たぶん東海道線で一番美しい車窓だと思います)
・富士川の鉄橋を渡り、左に大きくカーブすると、海側でも少しだけ富士山が見える区間がある。
その後の由比ー興津間では駿河湾とその向こうに伊豆半島をとらえられるが、伊豆半島は大きな島のように見える。
山崎の手前で、阪急京都線の線路と立体交差する。
新大阪を通過すると、新淀川の長い鉄橋をわたる。

「はと」

高槻を過ぎると山が迫ってきて、サントリーの山崎蒸留所が見えてくる。
彦根城を一瞬見た後、米原を通過すると、滋賀県と岐阜県の堺にある標高1377メートルの伊吹山が見える。
岐阜では金華山と頂上の岐阜城が見えて、やがて清州を通過するとすぐに清州城の天守閣が現れる。
静岡県に入ると浜名湖が徐々に近づき、新居町を過ぎてようやく湖らしい風景になる。いくつもの鉄橋をを渡りながら湖の風情を味わうことができる。
金谷を過ぎて列車が台地を下り、左へ大きく曲がって大井川鉄橋にさしかかる手前で富士山が見える。
富士川駅を通過すると富士山が威容を誇るかのように大きく現れる。

だいたいこの様な感じで書かれています。
僕はこの他に、上り線では川崎ー蒲田間の線路のすぐ横の密集した家々や、熱海駅の手前でホテル群の間に一瞬見える海が好きです。この本の中でも少し濃尾平野が出てきますが、下り線に乗って名古屋岐阜の間の左側に見える広大な濃尾平野を見ると、2000年以上前からここで米や野菜を作っていたのだなと感慨深くなります。古代にはこの尾張地方にも強大な国があったことがわかるような景色です。また、米原付近の黒瓦に茶色の板壁の家々に地域性を感じます。

この本の冒頭に、民俗学者の栁田國男先生が「豆の葉と太陽」という本で書いた鉄道旅行の意義が紹介されています。
『汽車では今まで予想しなかった景色の見ようがあることを、もう心づかぬ人もなくなった。白いリボンにたとえらるる山路の風情、村を次から次へ見比べて行く面白味、または見らるる村の自ら装わんとする身だしなみ、また時代によって心ならずも動かされて行く有様、こんなものを静かに眺めていることは、「汽車の窓」にして始めて可能である。(一部改変)』
本当にその通りだなと思いました。

原武史さんの今回の本も楽しく読めました。

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