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戦国時代、江戸時代と城下町だった大垣に行ってきました。
京都まで、約100kmちょっとという立地のため、歴史上たいへんに重要だった所です。
また、松尾芭蕉の「奥の細道」の最後の訪問地としても有名です。

スタートは大垣駅です。駅構内にある観光案内所観光マップをもらい、それに従って行きます。
駅の近くでレンタサイクルを借りました。(観光マップによると移動距離がありそうだったので)

最初は大垣藩校敬教堂跡に行きました。幕末になると多くの藩で学問や教育を重要視したように、大垣でも力を入れたことがわかります。
写真の真ん中は孔子像です。

大垣藩校・敬教堂跡

観光マップに従って行くと、「八幡神社」「圓通寺」「全昌寺」と大垣藩と関わりの深い神社や寺が続きました。八幡神社は5月に行われる「大垣まつり」の中心で、13台の山車が集まるようです。「大垣まつり」はユネスコ無形文化遺産に登録されています。

八幡神社
圓通寺
全昌寺

次の場所は「奥の細道むすびの地記念館」です。
中では「奥の細道」に関するものが展示されていました。松尾芭蕉が「奥の細道」を繊細な字で書いたことがわかりました。お土産販売飲食コーナーもあったので、コーヒーと和菓子で休憩しました。
和菓子の名前の「おぼろ月」が俳句的だと思いました。

奥の細道むすびの地記念館
飲食コーナー
コーヒーと和菓子「おぼろ月」

記念館の外に出ると川の堤防沿いに二体の銅像の建っています。
松尾芭蕉と、大垣に住み芭蕉と親交の厚かった木因さんだと思います。
奥の細道の最後の俳句「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」(はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ)をイメージして造ったと思います。

奥の細道むすびの地

つぎはいよいよ大垣城です。天守は戦争で空襲を受けて焼失しましたが、1959年に郡上八幡城を参考にしてコンクリート構造で再建されました。戦前は江戸時代のまま残っていて、国宝に指定されていたようです。

東門(移築)
天守

昼食は名古屋口門跡の近くにある「盛田屋」で食べました。昭和9年創業の老舗ですが、とても庶民的な店でした。

盛田屋

うどん定食を注文しました。うどんの入った容器と、ごはんとおかずの入った容器が二段重ねになっていました。これは、名古屋圏の文化でしょうか。今後、気を付けていきたいと思います。

うどん定食の外観
うどん定食の中身

写真がぼやけてますが(すみません)、おかずの茶色のはマグロを醤油で煮たものです。これは食べてビックリの美味しさで、絶妙の甘しょっぱさでした。
うどんは上に盛大にかけられたかつお節がきいていて、これは名古屋的な味でした。

大垣は水の都と言われています。そのため、町中に水に関連したものが点在していました。

堀抜井戸発祥の地

堀抜井戸は簡単に言うと、1782年頃に5mの節を抜いた竹を打ち込んだところ、竹の先から水が噴出したそうです。このやり方を皆が真似て各家々で井戸を得たようです。

名水大手いこ井の泉

「名水大手いこ井の泉」は大垣駅前の広い道を真っ直ぐに行った、二つ目の大きな交差点の角にあります。ここの井戸水は美味しいらしくて、ペットボトルに何本も入れていく人がいました。

新大橋

大垣は町の中を川が何本も流れているため、とにかく橋が多いです。写真は駅前の商店街にある橋です(新大橋)。赤い欄干の向こうに見える古風な建物は清潔な公衆トイレです。トイレにも風情がありました。

この写真の橋は「奥の細道むすびの地」の近くにありました。橋の真ん中に手の込んだ細工がしてありました。川と周りにある木々のコントラストがとてもきれいでした。天気がよかったら、もっと良い写真が撮れたと思います。

大垣の町の中にはこのような道しるべが三ヶ所ほど建っていました。写真は「船町道標」です。
文政年間(1818~1830年)に建てられたもので、「左 江戸道」「右 京みち」と彫ってあります。上部の模様は旅人の安全を願った梵字だそうです。大垣は中山道と東海道を結ぶ「美濃路」の宿場町でもありました。
現在の旧美濃路は、道がアスファルトではなくて黄土色をした特殊な作りの道にして、当時の雰囲気を再現していました。

大垣の城下町散策はかなり楽しかったです。江戸時代のお城がもし残っていたら、相当に人気が出たのではないかと思いました。
町の中を何本も流れる川の堤防は、至る所で公園のようにきれいに整備され、小さくてオシャレな橋が何本もあって、その景色だけで心が癒され来て良かったと思いました。

実は、大垣で江戸時代から続く和菓子屋を三軒見つけました。その紹介を次回のブログで書きます。
大垣は町だけでなく、お菓子もたいへんな伝統がありました。

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投稿者

あまざけ

還暦過ぎのおじさんです。銀婚式は過ぎました。

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