image_pdfimage_print

松代町JR長野駅からバスに乗って30分くらいでした。かつては、長野駅から長野電鉄の電車が走っていましたが、2012年に廃線になってしまいました。しかし、駅舎は今も残りバスの待合所になっていました。

松代城

松代城址は旧松代駅から徒歩で5分くらいでした。松代城下は全体的にコンパクトにまとまっていて、歩きやすかったです。

松代城・堀と城門

城門を通って中に入ってみました。

石垣

石垣は野面積みの乱積みに見えました。古い石垣の形を残していますが、これは復元したものらしいです。(見た感じはかなり古そうに見えました)

堀と土塁

松代城址を見て一番驚いたのはこの写真の景色です。
城のと交わるように土塁が伸びていました。土塁の外側は田んぼだと思いましたが、この様な構造は今まで見たことが無かったです。
江戸時代はあの真田氏が城主をしていたので、いざという時は籠城する事をやはり考えていたのだろうかと思いました。現在、建物はほとんど残っていませんが、もし残っていたら、代々伝わったいろいろな工夫を見る事が出来たのではないかと思いました。

次に3分歩いて真田宝物館に行って、真田家に伝来した武具や大名道具を見学しました。

真田宝物館

真田宝物館の隣に真田邸がありました。この屋敷は幕末に建てたものですが、庭が美しかったです。

真田邸
真田邸・庭園

松代町の様子

次に徒歩10分に象山記念館を目指しました。途中でいくつか武家屋敷跡を見ましたが保存状態がとても良い事に驚きました。松代の町を歩いていると、江戸時代がそんなに昔ではない事に気づかされます。

武家屋敷

象山記念館は現代アート的な建物でした。

象山記念館

佐久間象山はこの松代藩士でしたが、22歳で江戸に出て学問を深めていき、やがてオランダの百科事典で洋学の知識を身に付けた人です。また、勝海舟橋本左内吉田松陰など多くの幕末に活躍した人達の師でした。
館内の展示で驚いたのは「電気治療機」というものが置いてあったことです。後で調べたらこの機械は電気ショックを起こすもので、妻のコレラをこれで直したと伝えられています。
また、1949年に日本初の電信機も作り、自分の住まいから70m離れた場所まで電線を架設して電信の実験を行い成功しているそうです。
松代からたいへんな秀才が出たのだと改めて思いました。僕のような凡人には、江戸時代の人が電気という見えない力を理解できた事が信じられないです。

旧松代駅に戻りながら町を歩くと、所どころに立派な塀のある家がありました。

塀のある民家

塀の中では現代の生活をしている様子でした。江戸時代は上級武士だった家かなと思いながら通り過ぎました。

松代の商店街はきれいに整備されていて、観光地化していないところに好感を持ちました。
さほど広くない所にこれ程いろいろな史跡があるのだから、今の感じで十分ではないかと思いました。

松代町のメインストリート

明治維新から150年が経ちましたが、松代の町は真田氏治世時代の雰囲気が今も残っているように感じました。優しい人柄と穏やかな生活が、この町らしさではないかと思いました。

松代観光協会のサイトhttp://www.matsushiro-kankou.com

【じゃらん】国内25,000軒の宿をネットで予約OK!2%ポイント還元!

ブログランキング・にほんブログ村へ
ポチッといただけると励みになります!

お問い合わせフォーム

投稿者

あまざけ

還暦過ぎのおじさんです。銀婚式は過ぎました。

コメントを残す