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はじめに

1980年代松本隆松田聖子の作品を中心に大活躍した作詞家です。
しかし、1975年から1978年までの4年間、大作曲家の筒美京平とコンビを組んで太田裕美のシングルだけでなくアルバム作品も手掛けていたことを知っている人は少ないのではないかと思います。

僕が最初に聞いたアルバムは4枚目の「手作りの画集」でした。
その時僕は18歳で大学1年生でした。自分のアパートの部屋で、NHKのFM放送を慌ててラジカセでエアーチェックして聞いたのがこのアルバムでした。入っているシングル曲は「赤いハイヒール」でしたが、他にも良い曲が何曲も入っていることに驚き、その後繰り返し何回も聞いて自分にとって忘れられないアルバムになりました。
そして、松本隆が作る詞の世界が、自分の心に真っ直ぐ届いてくる体験をしました。
このアルバムについては後日改めて書きます。

その後、時は流れましたが、松本隆の小説「微熱少年」などの著作を読む度に、1970年代の太田裕美のアルバムのことをいつも思い出しました。太田裕美のアルバムを作っていた頃は松本隆も作詞家になった初期の頃で、そのままの松本隆が素直に出ていた時期ではないかと思っています。
今回、松本隆が作詞した初期の太田裕美のアルバムをもう一度聞き直して、松本隆が本当は何を書きたかったのかを考えてみたいと思います。
美しい言葉も見つけていきたいです

ファースト・アルバム「まごころ」

「雨だれ」(ファーストシングル)

松本隆的な言葉「寒くはないかと気づかうあなたの さりげない仕草に気持ちがときめく」
       「何故かあなたに甘えたくなってそっと腕を組んだ街角よ」 

         
太田裕美の歌の主人公は、1980年代に松田聖子が唄った女性とは微妙に違うというのが僕の持論です。ピュア度が一段高いように思います。そして、この女性の言動に1970年代の香りを感じてしまいます。そうでない人も一定数いましたが、「プラトニックラブ」で長く付き合うことに、さほど違和感が無かった時代だったかもしれないです。この辺りをうまく言うのはなかなか難しいけど、だからこそピュアでいられたという事もあったと思います。
注目したいのは、この歌のなかに「街」という言葉と「風」という言葉がが早くも使われていることです。松本隆がはっぴいえんど時代からずっとテーマにしているのはであることは有名です。ファーストアルバムの1曲目に早くも街と風が登場していたのです。

「幸福ゆき」

松本隆的な言葉幸福という名の駅に行く列車に のように飛び乗ったの」
       「街角で出逢ってすれ違うあの人 ほら視線があっただけで 頬が熱く燃てしまう」           
1973年、NHKの「新日本紀行」でブームになった北海道・広尾線の駅「幸福駅」に、女性が恋の成就を願いに行くという歌です。
「幸福駅」は若い女性を中心に当時たいへん流行りました。国鉄のディスカバージャパン(美しい日本の私)、アンノン族による国内旅行ブームが拍車をかけたと思います。「幸福駅」のキップを買うために北海道へたくさんの若者が行ってました。当時、僕も一度か二度、誰かに見せてもらった記憶があります。女性のこのブームは松本隆の心に響くものがあったのだ思います。その後、一人旅に出る女性がモチーフの作品がいくつも登場しました。
この歌の歌詞にも街角が使われています。主人公の心を街や風が揺らしているのです。

雨の予感

松本隆的な言葉
「あなたからの電話こないから 心が変わったのね 明日逢う約束したのに」
「あなたのやさしい胸だけが小さな魂の港よ」

主人公から離れていく男を描いた作品。この後の作品にも時々この男は登場しますが、この人は根の悪い人ではないけど、季節が変わったりすると、主人公の女性に対する気持ちが離れてしまうという困った人なのです。付き合いが長くなると、だんだん相手の女性の事を重く感じて、負担になってしまうのでしょうか。たぶん、こういう男は日常的に思考がシャープで早い人ではないかと思います。頭がいいから付き合っていても、いつも変化があって楽しいだろうとは思います。それとも、だいぶ優柔不断で移り気がちな男かもしれないです。どちらのタイプもかつて僕の友人の中にいたような気がします。今頃、どうしているだろうかと思います。
悪い人ではないけど、ただ、横で見ていると「なに考えているのかな」と思った事が何回もありました。
男から見ても思考回路が謎の人達です。関わった女の人が強い人ならいいけど、歌の主人公はそんなに強くない感じなので、そこが歌になるのだと思います。

夏の扉

松本隆的な言葉
「灼けた肌の色がうすらいでいく も秋の匂いがするわ 眩しかった夏を見送るの あなたと」
「めぐる夏にまた海に来たい あなたと」
「海がくれたあなたとの夏の日々は 心にきっと残るはずだわ」

小説「微熱少年」を読んでいるので、松本隆のこの時代の「海」は湘南海岸を連想してしまいます。
この歌の海はハワイなどの海でなくて、日本中の身近な海でもあるのです。
僕も大学時代の夏は、地元の海に友達や同級生の女の子達と何回も行っていました。
そこには高校時代から付き合っていた、いくつかのカップルも相変わらず仲良くいたり、高校時代には思いもしなかったビキニの水着姿を、ためらいなく見せてくれた女の子もいて楽しかったです。
女の子達は打ち寄せる波に体をぶつけ、はしゃいだ声を上げて楽しそうでした。男達は沖にあるテトラポットまで泳いだりしました。
昼は女の子たちが家から持ってきたおにぎりおかずを、ビールを飲みながらみんなで分け合って食べましたが、海で食べる梅干しのおにぎりの美味しさは今も忘れないです。海の家で大きなパラソルを借りて、日除けのためにみんなで体を寄せあって食べました。。その時、風が吹くと近くの砂がサラサラと流れ、遠くの波を見ていた気になる女の子の前髪も揺れました。僕は無意識に、きれいだなと思いました。彼女が話す言葉はいつも心のまま素直で、そんなところも好きでした。

やさしさを下さい

松本隆的な言葉
「9月 早咲きのコスモス 予感」
「この坂道から見えるが好き 淋しい時にはよく来るんです」
に灯りがひとつふたつ・・・あの小さく揺れてるのがあなたの家の灯りでしょうか」
「この間のちっちゃなけんか・・・あなたの愛を見失いそうなのに強がりばかりの私」
「好きよ この言葉を何度心につぶやいたでしょう」

この歌はとても変わっていて、途中に少し唄われるところはありますが、ほとんどが太田裕美のつぶやきなのです。上に書いたものの上から三つはつぶやき部分です。
最初からセリフばかりの歌を作ろうと企画したか、作曲家の筒美京平が「こんな長い詞にメロディーは付けられない」と言い出して、この様な曲になったのかはわかりません。
でも、詞の内容は始まったばかりの恋に揺れる若い女性の心理描写をずーと書いています。
それにしても、1番目の「9月 早咲きのコスモス 予感」はすごいです。歌の出だしでこのフレーズを持ってくるところが松本隆だと思います。この予感は恋の発展のことか、不安要素のある未来のことか、よくわかりません。
9月→夏の恋の終わり 早咲き→季節は変わっていく いろいろ含みがありそうです。
しかし、若い女性の気持ちがどうしてこれほど具体的にわかるのだろう。しばらく前にユーミンがテレビのインタビューで、松本隆の詞を「乙女だからねー」と笑っていました。

心さわぎ

松本隆的な言葉
「あの時くちずけ許せずに 気まずい別れをしましたね」
「くち紅はじめてつけました 不思議に自分じゃないみたい」

少女から大人に変わっていく女性の恋の不安が書かれている歌です。
この当時は私立の女子短大が人気があったように記憶していますが、その年代の女性の歌を太田裕美が妙にリアリティを感じさせる声で表現しています。
人生で最もピュアな年頃の女性の歌を、対象と同年代だった太田裕美がリアリティある声でこのアルバムの曲を唄っていますが、やっぱり松本隆は太田裕美の声が持つ不思議な魅力を十分に理解していたのだろうと思います。
初期の松本隆と太田裕美の作品は、太田裕美のこの妙なリアリティある声が説得力あるものにしていたかもしれないです。「くち紅をはじめてつけた」、はにかみ具合を唄うのはなかなか難しいと思いますが、太田裕美の声には確かにリアリティがあります。
この歌はメロディーもアレンジも70年代らしい、しっとり感があります。
それにしても、『くちづけ許せずに 気まずいわかれ』って青春時代に多くの人が身に覚えのある、振り返ればどうにも甘酸っぱくて気恥ずかしいエピソードです。歌を聞いてる人の「わかる、わかる」という声が聞こえてきそうです。(笑)

グレー&ブルー

松本隆的な言葉
「ビートルズを聞きながら 彼のセーターを編むの」
「オレンジかじりながら リルケを読むのもいいわ」
「一人地図を開き 夢の散歩もいいわ」

詞の内容が70年代らしくていいと思いました。ビートルズ聞きながらリルケの詩集を読む人が、当時一定数いたんだろうなと思います。
大学生の時、友達が入っていたサークルに所属していた女の子のアパートに偶然遊びに行ったら、本棚に文庫本がギッシリ入っていて驚いたことがありました。(しかも、本棚の一段ごと本を手前と奥に2冊づつ入れていました)今は若者の読書離れが新聞に時々出るけど、あの頃は本を読んでる人も結構いたと思います。松本隆も相当な読書家だと思いますが、当時のシンガーソングライターは本を読んでる人が多かった気がします。
70年代半ば以降は学生運動
もだいぶ下火になっていたけど、成田空港問題というのもあって、全く無くなったわけではないと記憶しています。そういう社会情勢もあって読書する大学生も多かったと思います。
「彼のセーターを編む」というのは今はどうなんでしょうか。この当時は女の人達がよくやっていた気がします。セーターやマフラー編んでたら彼氏がいるので、他の男はアタックしちゃダメ!みたいな暗黙の掟も存在してたりした記憶があります。それから、アタックした時、「ダメです」って彼女本人が言うならまだいいですが、時々彼女の友達の人が何の権限もないくせに肩代わりして言ったりして、あれは。よくないと思います。
そうだ、思い出しました。昔、結婚するだいぶ前に妻がマフラーを編んでくれたことがありました。暖かいマフラーでした。懐かしい。

ぬくもり

松本隆的な言葉
「シグナルが青に変わるとき はじめてつないだ手なの」
「あなたにそっともたれていくの」
「キスされてもいい そんなことふと思う この頃なの」
「内緒の話ささやきあった耳もとに 真っ白い息がくすぐったいわ」

始まったばかりの恋人たちの歌。このプラトニック感が太田裕美の最大の魅力かもしれないです。
この歌は映画を見るように冬の街角を歩く二人の様子を女性からの視線で唄っています。
始めて手をつないだり、彼にもたれかかってみたり、顔を近づけてささやき合ったり、と幸せ一杯でいいと思います。プラトニックな関係は相手に対してお互いに図々しくないところが美しいです。

この歌の歌詞は松本隆作品らしさが山積みで、1975年で早くもこういうのを書いていたんだと思いました。1980年代に松田聖子がシングル曲として唄ったらヒットしたかもしれないです。

松本隆は「松本隆 対談集」という本の中で、太田裕美と対談していて、この「まごころ」というアルバムが好きだと言っています。また、このアルバムでは実験的なことをいろいろやっていて、この時まいた種が後に花咲いたということも語っています。
松本隆にとってこのアルバムは、将来につながる重要なアルバムだったことがわかる発言だと思いました。。

アルバムには他に「あなたに夢中」「ひとりごと」「白い季節」という曲が収録されています。
(敬称は略しました)

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