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静岡市に山車祭りが無いのはなぜ?

前回掲載した久能山東照宮社殿の写真…。 
社殿の彫刻や飾り金具を見て、祭りの山車の装飾を思い出しました。
山車祭りが好きなので、どうしても岐阜の高山や尾張地方の美しい山車を連想してしまいます。
また、関東地方各地で行われる山車祭りの山車にも、彫刻などが豪華なものがたくさんあります。

建物の補修のために、それぞれの職人が建設後も静岡(府中)に定住したと思います。
前回書きましたが、江戸時代は20年に一回塗替え作業をしていました。
その影響で、静岡も日光東照宮周辺や名古屋東照宮近隣のような装飾の派手な山車祭りが
あってもよさそうなのに、実際はその様な祭りはありません。
どうしてでしょうか?

日光市今市秋祭り(6台)、鹿沼秋祭り(27台)に登場する山車(現地では屋台と呼びます)
は、江戸時代の文化文政時代(1804年)から造られたものらしいです。
別名「彫刻屋台」と言われるだけあって、山車全体にこれでもかというくらい彫刻が
取り付けてあります。
初期に造られたものは、東照宮のように極色の漆塗りが本体と彫刻に施されています。
日光東照宮に出入りしている職人が、冬に山を下りた時や故郷に帰る時に近在地域の依頼を
受けて造り、そのまま住み着いた職人もいたようです。

鹿沼秋祭り

日光市今市秋祭りのサイトhttp://www.nikko-kankou.org
イベントエリアを絞り込む今市今市屋台まつり

鹿沼秋祭りのサイトhttps://buttsuke.com

名古屋東照宮祭りは家康公の三回忌に始まりました(1618年)。
そして驚く事に、翌年の1619年から1台ではあるが山車が登場しました。
元禄宝永時代(1688~1711年)には山車は9輌が出るようになり、戦争で空襲を受けて
焼失するまで続いたそうです。
この祭りは名古屋祭りと呼ばれ山車は尾張全般に広がり、その後は今の東海地方に広く波及し、
地域ごとに改良を加えながら発展していったと思われます。
1619年の山車から上に人形を乗せるスタイルができ、その後は多くの所でからくり人形
乗せるようになりました。

名古屋型山車(上段がからくり人形「文字書き唐子」

きわめて個人的な意見ですが、江戸天下祭りに出た江戸の山車も上に人形を乗せているので、
名古屋型の影響を少なからず受けているのではないかと思っています。
それから、千葉県の佐原の山車は、方向転換などの動かし方が名古屋型と似ている感じがします。

名古屋東照宮祭りのサイトhttp://dai.dashi-matsuri.com
(いにしえの山車祭りのなかから東照宮祭を選ぶ)

このように見てくると、やはり静岡に山車祭りが無いのがいかにも不自然な印象を受けます。
江戸に近い天領だった事に起因する、幕府への遠慮のようなものがあったのでしょうか?

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