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古沢和宏著(ちくま文庫)

以前に紹介した「痕跡本のすすめ」の続編的な本ですが、こちらの方が内容が濃くてさらに楽しめました。印象的だった痕跡本は次のようなものです。

(1)「余白の大半に自作のデザイン画が描かれてていた」
  これはあるクリエーターの書いた本に残っていた痕跡です。書かれていたデザイン画が読者による手書きのものだたすぐにわからないほど、レベルが高いものだったそうです。
僕はその書き込みによって世界に一冊しかない美しい本として、この本の価値が少し高くなったかもしれないと思いました。

2)「絵本の文字を白いテープで隠して、その上に太い字で絵本なのに漢字に直せるものは漢字にして物語を書き直してある」                                      
  大人が読みやすいように直したかもしれませんが、わざわざこのような作業をする理由がわかりません。いろいろな人がいるものです。

(3)「童話集全10巻の各巻に恋人の女性に宛てた手紙が挟まっていたり、彼女に書いたと思われる書き込みが残っている」
  この手紙たちは戦後まもない1952年から1953年にかけて書かれたものでした。でも、この童話集が見つけられたのは2012年の早稲田古本屋街の古書店でした。この手紙たちは長い時間の旅もしてきたのだと思うと、僕に何とも言えない郷愁を感じさせました。どうして、この童話集が受け取り人である恋人の女性の手から離れてしまったのでしょうか?後に二人が結婚して恋人同士だった頃の情熱が今は昔になってしまって彼女には虚しいだけのものになってしまったのかもしれないし、いろいろな事情で結局は結婚が出来なかった彼のことは忘れることにして、違う人と結婚する時に手放すことにしたかもしれないなどと妄想してしまいました。

(4)「本の白紙ページに自分に起きた驚きの事件を書きこんでしまった」
  自分に起きた事件があまりに強烈だったために、思わず読んでいた本の余白にその内容をこの読者は書き込んでしまったようです。その内容を読んで僕は久し振りに腹から笑ってしまいました。それは、「早朝に犬の鳴き声に目を覚まして何事だろうと犬小屋に行ってみたら、犬の鎖には知らない犬がつながれていて、自分の家の犬はその横に座っていた」という書き込みでした。そこには決して上手くないイラストも付いていて、その絵も笑えました。

(5)『自分の気に入らない「言葉ずかい」を青ペンで消して、その横に自分の気に入るように直して書き込む』
  たとえば「あ■た→あなた」「いるん■ね→いるんですね」「な■か→なにか」という具合のようです。それだけにとどまらず、この本は翻訳本なのですが、訳者の名前に矢印をつけて「田舎者」と書き込みがしてあるというのです。この読者は美しい標準語が好きな人なのだと思いました。そうだとしても、これほどに訳者に対して敵対心を持つのはすごいです。

(6)『本の表紙に「この本を拾った人はこの表紙の裏を見よ」の書き込みと自分の名前をフルネームで書いてある。そして、その裏には「平和についてどう考えているのか教えてほしい」という趣旨が書かれていて、自分の住所と通っている高校名がかかれていた
  この本は「平和の政治学」いう本で1968年に出版されました。この頃は学生運動の時代で高校生の読者も若者としてそれなりの意識を持ってこの本を読んだことはうかがわれます。おそらく、読後に電車の座席などにこの本を置いて立ち去ることを考えて、本の表紙にこのような書き込みをしたと思われます。
  話はここで終わりませんでした。古沢和宏さんはこの表紙に書かれていた名前から、この読者が現在は大学教授をしていることを見つけ出して、この本を大学の研究室に返しに行くそのてん末も書かれていました。約40年ぶりくらいに最初の持ち主の所に帰ったことになりました。

以上印象的な話を書き出しました。古沢和宏さんもこの本の中で書いていますが、雑誌は紙でできていて所々に余白があり、読書というのは基本的に個人的な行為なので、いろいろと書き込みしやすい環境にあるのです。
この本で紹介された書き込みは、僕の印象ではやっぱり若い人が多く書いているような気がしました。若さの持つエネルギーが何かを書かせるのだと思います。恋愛も、社会に対する向き合い方も、ピュアであるがゆえに書きつけたくなるような言葉が読書しながら浮かんでくるからだと思います。 また、何かの偶然で痕跡本が古本市場に出てきてしまうことも本ならではのことで、それはなかなか魅力的なことではないかと改めて思わせてくれた一冊でした。本職は古書店主の古沢和宏さんに「楽しく、夢のある話を紹介してもらってありがとうございました。」と言いたい気持ちになりました。
  

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