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小諸は江戸時代、城下町であり北国街道(軽井沢から善光寺を通り新潟の高田へ行く街道)の宿場町でした。ややひなびた小諸駅前から続くメインストリートは坂道で、高原の町らしさが旅情を誘いました。

まずは、小諸城址(懐古園)に

小諸駅から線路をまたぐ橋があり、それを渡れば「小諸城址」(懐古園)でした。ほとんど、駅の横にありました。
三の門という1765年に建てられた門(国指定重要文化財)をくぐると正面に料金所があるので、料金を払って中に入りました。

小諸城址の入場券は500円で藤村記念館小山敬三美術館動物園など中にある全ての施設に入ることができます。

三の門

少し行くと橋があるので、渡って右側にへ進むと天守台がありました。

天守台

この天守台の石垣は野面積みの乱積みに見えましたので、入口の三の門より古く、安土桃山時代から江戸時代初期のものではないかと思いました。苔が渋いです。天守台の向い側には小諸で教師をしながら7年間過ごしたという、島崎藤村の記念館がありました。名作「千曲川のスケッチ」は小諸で書かれたそうです。
小諸城址のすぐ横には島崎藤村が教師をした「小諸義塾」の記念館も建っていました。

藤村記念館

僕が小諸城址を一回りして一番驚いたのは、城の周囲が深い谷になっていることでした。天守台から見て左側には動物園遊園地があり、そこへ行く橋の下は谷になっていました。右側には「小山敬三美術館」がありましたが、そこへ行く橋の下も深い谷でした。この谷は角度も急で、人が上がって来られるような谷ではないと見てすぐにわかりました。
やはり戦国時代からの城は、建っている場所が凄いと思いました。小諸城址は建造物はあまり残っていませんが、この谷を見るだけでも来る価値はあると感じました。

天守台より右側の谷

小諸城址(懐古園)の中にある、そば屋さん

小諸城址の三の門をくぐり、料金所を抜けるとすぐにそば屋さんがあります。店名は「古城軒」といいます。
私はNHKのBS番組で女優の倍賞千恵子さんが、「フーテンの寅さん」の撮影の思い出を訪ねて、この店に行ったのを見ていました。
「男はつらいよ」第40作(寅次郎サラダ記念日)は小諸市が舞台でした。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: IMG_0387-scaled.jpg
古城軒

だいぶ年季の入った店構えで、そば屋らしさに好印象を持って中に入りました。まだ午前中だったので他のお客さんはいませんでした。店内は「フーテンの寅さん」関係の写真が多く貼られていました。倍賞千恵子さんの写真もありましたが、渥美清さんの写真もたくさんありました。渥美さんは撮影の後も小諸が好きになって何度も訪ねて来たそうです。

初老のおばさんが注文を取りにきたので、ざるそばを注文しました。待っている間、店の中を見渡していたら壁に「親父の小言」という題の、人が注意すべき事38コを箇条書きに書いたものが貼ってありました。
「恩は遠くからかへせ」、「小商もの値切るな」など、なかなか含蓄のあることが書いてあったので最後まで読んでしまいました。
そうしたら、店の奥から店主と思われるおじさんが出てきて、「気に入ったならコピーをあげるよ」と言ってA3サイズの紙2枚にわたって書かれた「親父の小言」を僕に差し出しました。僕はお礼を言って遠慮なくもらうことにしました。

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ざるそば

その様な事をしているうちにざるそばが来ました。持ってきたおばさんが「たくさん出来すぎたけど、頑張って食べて。」と言ってめちゃめちゃ大盛りのざるそばをテーブルに置きました。(写真)
そばは信州のそばらしく、素朴でそばの味がしっかりあってとても美味しかったです。
一緒に持ってきた漬物も、ちょっとしょっぱくてそばの箸休めにちょうど良かったです。

ざるそばを食べ終わってお茶を飲んでいると、またご主人が出て来て、「どこから来たのか」と聞いてきたりしたので、そこから話が弾んでしばらくおばさんを含めて3人で盛り上がりました。

どうもこの店は客と店が同じ高さに位置しているようでした。へつらうとか下手に出るという気持ちはあまりなくて、それが気持ちよかったです。小諸人とはそういう人達かもしれないです。
そういうところに渥美さんは、惹かれたのではないかと思いました。
店を出る時「いくらですか?」と聞いたら、おばさんの返事は普通盛りのざるそばの値段でした。あんな大盛りだったのにいいのかなと一瞬思いましたが、「ああ、これが小諸の人なのだ」と納得することにしました。
午後から城下町を歩いてみようと思っていたので、どんな出会いが待っているのか楽しみになりました。

小諸城下町歩き すごく良い人に出会いました

小諸城址(懐古園)で大盛りざるそばを食べた後、小諸駅前に戻り、すぐ近くにある「大手門」(国指定重要文化財)を見ました。1612年頃の建造で平成に入って大修理をしたそうです。

大手門

本町通り

大手門から3、4分歩くと本町通りという商家の街並みの残る通りに出ました。途中に「ほんまち町屋館」という案内所があったので見どころを聞いたりしました。ここにいた女性もそば屋の「古城軒」の人達と同じようにたんたんと話す人でした。僕は小諸の人のたんたんとした様子がだんだん好きになってきました。
道の両側はところどころ途切れますが、古い家並みが続いていて、城下町らしさを感じることができました。

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本町通り

自転車のおじさん

本町通りから小諸市役所の前を通り、映画「男はつらいよ」の舞台になった「小諸病院」を見に行こうと思いました。
僕が地図を見ていると自転車に乗ったおじさんが近寄ってきて、親切にわかる所まで一緒に行ってくれました。歩きながら自分は郷土史を研究していると話してくれました。埋もれていく町の歴史を忘れ去られないように掘り起こていきたいと言っていました。
「小諸病院」は思った以上にこじんまりとしていて、全く観光地化していませんでした。。ヒロイン役の三田佳子さんも歩いたであろう手前の道は、何となく雰囲気のある道でした。

とても親切な女性との出会い

次に昭和初期のレトロな感じが残っているという「荒町銀座十字路」を目指しました。
ところがどういう訳か完全に方向音痴になってしまいました。僕はどこへ行っても、あまりその様なことにならないタイプですが今回は違いました。町の道は小諸城址に向かって、どこでも下り坂になったいるのですが、そのことをイメージし過ぎたかもしれなかったです。
信号のある交差点で地図を見ていたら、横断歩道を渡ってくる一人の女性が来たので道を聞きました。女性は地図を見て「今は少し離れた場所にいるので、私の車で案内します。車はそこの駐車場に置いてありますから。」と言いました。「えっ、乗せてもらっていいんですか?」と聞いたら「どうぞ、遠慮しないで下さい。」と微笑んでくれました。その笑顔に遠慮を忘れて乗せてもらうことにしました。
5分くらい走ると「地図の交差点はこの辺りだと思いますけど。」と言って、確認するために荒町の中心部を一往復してくれました。間違いなさそうだったので、心から「ありがとうございました。助かりました。小諸の人は本当に親切ですね。」とお礼を言うと、「いえいえ、ぜんぜん。」とまた少し笑いました。
20歳代に見えた女性でしたが、よく男の旅人を自分の自動車に乗せてくれたなと思いました。なかなか出来ない事ではないかと、女性の自動車を見送りながら思いました。小諸では犯罪もあまり無いのでしょう。あまり、他人を疑うことをしない土地柄なのだなと感じながら「小諸、いいな。」と僕は思いました。
そういえば、学生時代に小諸出身の後輩が一人いました。思い出せば、その後輩も信じがたいほど良い人でした。何か頼むといつも快く承諾して笑っていました。小諸に行く前、彼のことが一瞬頭によぎりましたが、卒業してから会って無いので特に連絡などしていませんでした。次回、小諸を訪ねる時は連絡してみようかと思いました。

荒町

荒町は大きな商家が数軒残っている通りでした。江戸時代の建物が残っていて、看板に精巧な彫刻が付いていたりしました。荒町も本町通りと同じ様に北国街道に面した町だと、観光パンフレットに書かれていました。
荒町を歩いて行くと小諸駅前から伸びている相生町商店街に出ました。

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相生町商店街

相生町の駅寄りには若い人が好みそうな店が並んでいました。

小諸市の努力だと思いますが、北国街道沿いの古い町並みにはコンビニなどは無くて、城下町の面影を楽しむことができました。
もう一度本町通りに戻って駅の方に向かうと、「脇本陣」「問屋場」が残っていて最後にまた驚きました。
小諸は人情が素晴らしくて、良い町でした。近いうちに、今度は冬にもう一度必ず行きたいと思いました。

小諸市観光のサイトhttps://www.komoro-tour.jp

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