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村上春樹著(文藝春秋)

久し振りに村上春樹さんの短編集を読みました。以前に、この中に書かれている「ウィズ・ザ・ビートルズ」という話を文芸雑誌で読んだ時感じるものがあったので、この本が出版されるのを待っていました。

僕は村上春樹さんの長編小説は「ノルウェーの森」以降はあまり読んでいません。小説に対する趣味が自分の中で変わってしまったのです。
今の僕には、村上春樹さんは全体的に長編より短編やエッセイの方が読みたくなる傾向にあります。

この本には短編が8編載っていますが、どの話も村上春樹さんらしい不思議で少しの矛盾をはらんでいます。
小説というのは「人間とは何だろう?という答えを探すことだ」というようなことをどこかで読んだことがありますが、この短編集は人間という生き物の不思議さ、人生を自分で選択しているようでいて、実は他人の力に左右されてしまう複雑さなどが表されていて読み応えがありました。
偶然に出会ってしまった人達が、自分の人生に何かの痕跡のようなものを残していく話は、村上ワールドの真骨頂ではないかと思ったりしました。

僕にはこの本で書かれている話が創作したという感じがしなくて、村上春樹さんの実体験か、友達から聞いた体験談を書いているように思えました。現実的には有りない話もあるので、読者にそのように思わせるのも村上春樹さんの筆力かもしれません。

それでも、冒頭で紹介した「ウィズ・ザ・ビートルズ」の中で書かれている、誰かを好きになった瞬間に耳の奥で鈴の音が小さく鳴るという表現は、真実をついた上手い表現だと思いました。そしてそれは、「理屈や倫理に沿って自由に調整できることではない」という説明も恋をしたことがある大多数の人が思い当たる正論ではないかと思いました。

僕は村上春樹さんの小説を読むと、1969年に「赤頭巾ちゃん気をつけて」芥川賞を取った庄司薫さんを思い出してしまします。
村上春樹さんと庄司薫さんの作風や文体が似ていることをいろいろな人が指摘していますが、僕は似ているところもあるし、似ていないところもあると思っています。それでも、読んでいる時の空気感や温度感は同じように感じてしまうので、村上春樹さんの小説を読んでいる時、庄司薫さんを思い出してしまうのだと思います。
村上春樹さんはノーベル文学賞を言われる作家ですが、今改めて読み返してみると庄司薫さんの小説もたいへんなものだと思います。口語体の簡易な言葉で、青春のつかみきれない何か社会の矛盾を書こうとしています。そのために年月が経っても全く古くなっていないと思います。

この本がとても充実した読書体験ができたので、今まで読んでなかった村上春樹さんの短編集を読んでみようと思いました。

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