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飯山城

飯山城の最寄りの駅はJR飯山線「北飯山駅」です。

北飯山駅

小さい駅で新しいかったですが、飯山城を意識してつくったことがわかる駅でした。
「北飯山駅」から10分くらい歩くと「飯山城」に到着しました。
もともと天守を持っていなかったらしいので、歩いて行く途中から大きな建造物が見えてくる訳ではありませんでした。
城の入口に看板を見つけて、中に入って行きました。

飯山城入口の看板

坂道を上がって行くと、大きながありました。

この門は南中門跡に建っていますが、元はどこにあった門なのかはっきしないらしいです。
そして、一度民家に移築したものをここに再移築したようです。

門の近くに「長野県スキー発祥の地」という看板が出ていました。
調べたら、明治45年新潟県高田市オーストリアのレルヒ少佐が前年に続きスキーを教えに来た時、現在の飯山高校の体育教師も参加してスキーを覚え、帰ってきてこの城山の斜面を滑ったそうです。飯山城址の隣にあるその飯山高校のスキー部は、現在でも長野県内ではスキーの強豪校らしいです。
地図を見ると、近くに斑尾高原スキー場木島平スキー場などあるので、歴史もさることながら環境も良くて強いのだろうと思います。
写真の右側にある斜面を明治45年に滑ったのだろうかと思いました。

長野県スキー発祥の地

飯山城址は公園整備の工事をしていましたが、古い石垣は所どころに残っていました。

飯山城址に残る石垣

詳しくないのでよくわからないですが、この石垣の積み方は「亀甲積み」という江戸時代後期に低い石垣の積み方として発明された、珍しい石垣かもしれないと思いました。

飯山の町

飯山城址を後にして北飯山駅ではなく飯山駅を目指して歩きました。
15分くらい歩くと「本町城下町通り」というフラッグを掲げた商店街に出ました。
歩いている人はあまりいませんが、城下町らしさを何となく感じる商店街でした。

島崎藤村が著書「千曲川のスケッチ」の中で飯山について、次のように書いています。(明治35年頃の様子)
【飯山へ来て見ると、全く雪に埋もれた町だ。あるいは雪の中から掘出された町と言った方が適当かも知れぬ。
家々の軒先には「ガンギ」というものを渡して、その下を用事ありげな人たちが往来している。
この町だけに二十何ヶ所寺院がある。同じ信州の中でも、ここはちょっと上方へでも行ったような気が起る。】(途中略しました)

商店街の歩道の上を、ガッチリとした造りで覆っている屋根が「ガンキ」ではないかと思いました。
当然ながら現代でも、冬には大量の雪が降るのだろうなと思いました。。

飯山市内には20程の寺があり、地図を見ると飯山駅から北飯山駅へ向かう線路の左側に固まって並んでいるようです。

飯山駅は北陸新幹線飯山線の停車駅です。北陸新幹線の開業に伴い今の場所に2014年に新しく建てた駅です。建物はとても大きくて、中は木材がたくさん使われていて温かみがありました。

飯山駅の外観
飯山駅の内部

飯山駅の改札口の手前に簡易に造った弁当屋があり、そこに「さばごはん」というのが売られていました。余り馴染みの無い名前だったので買ってみました。

販売員さんの話では、さばの水煮の缶詰とキノコの炊き込みご飯とのことでした。
さばの水煮の缶詰は保存できる動物性たんぱく質として、飯山では昔から食べられていたそうです。もともと「さばごはん」は弁当屋のまかないご飯だったそうです。
雪がたくさん積もると外に買い出しに出れなくなってしまうので、保存のきく缶詰の利用が一般化したのかもしれないと思いました。やっぱり雪に埋もれてしまう町なんだなと、しみじみと思いまいた。
次回は、1月か2月に行って、どれ程の雪が積もるのか見てみたいです。
雪で苦労する地元の人には本当に申し訳ないと思いますが、暮らしぶりの例え一部でも見てみたいです。

飯山観光局のホームページhttp://www.iiyama-ouendan.net

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投稿者

あまざけ

還暦過ぎのおじさんです。銀婚式は過ぎました。

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