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概要

1979年10月発売の久保田早紀のデビューシングルです。
作詞/久保田早紀 作曲/久保田早紀 アレンジャー/萩田光雄
980年のオリコン2位になりました。 

特徴

サンヨー電機が「テレビ」のコマーシャルソングに使い大ヒットしました。
プロデューサーの発想で中東風のアレンジを付け、それに基づいて一部の歌詞も変えたらしいです。
(最近、テレビに出演した時に打ち明けていました)
コマーシャルでは、砂漠を進むラクダの映像など中近東色が前面に出ていて強烈でした。

この曲の歌詞をコマーシャルの映像に合わせて、元の歌からどの程度変えてかはわかりません。
しかし「市場へ行く人の波」「石畳の街角」というフレーズはイランなどの古都をイメージさせるのに十分な効果はあったと思います。

コマーシャルソングになる前の曲名は「白い朝」で、東京・中央線沿いにある国立市をイメージして
作った曲らしいです。あのイチョウ並木が美しい街と,このメロディーが僕にはつながりにくいですが、とにかく独創性のあるメロディーであることは、間違いないと思います。
と言うか、この曲のAメロディーを作曲する時のヒントは何だったのか気になります。もし、突然頭の中に降ってきたとしたら、久保田早紀に奇跡が起きたと言えると思います。
これもテレビ番組のインタビューで話していたことですが、お父さんが海外赴任していた時、現地のレコードをお土産に買ってきてくれたと言っていたので、その時聴いた音楽の影響だったかもしれません。日本のような国で生活していて、異文化の香りのするメロディーを作るというのは、かなりむつかしいことだと思います。その証拠に、中東をイメージしたような歌がヒット曲になったことは、この曲以後には無いと思います。そして、これからもなかなか出ないと思います。
そういう意味を考えていくと、この曲というのはかなり特別な曲として、日本音楽史に刻まれるかもしれません。。久保田早紀自身も昭和時代の作曲家として100年後も、その名前が残っているかもしれません。

この曲がヒットした最大の理由はアレンジだと思います。
アレンジャーの萩田光雄は、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」山口百恵の「プレイバック パート2」などを手掛けた人です。
中東の民族楽器を使ったアレンジはその音だけで、行ったこともない砂漠の街を思い浮かばせる事に成功したと思います。特に、イントロはインパクトが強烈で、最初の1小節を聴いただけで曲名がわかる程です。
萩田光雄という人の才能も普通ではないです。テレビで姿を見た時は、どこにでもいるような普通の中年男性でしたが、すごい人だと思います。

時代背景

この曲の1年前には、庄野真代の「飛んでイスタンブール」や、ゴダイゴの「ガンダーラ」がヒット
して中東、西アジアがトレンドだったかもしれません。
一般人もその気になれば、それらの国へ旅行できるようなって来た時代でした。生活が豊かになってきて、エキゾチックな文化への憧れを、日本人が持ち始めた頃だったことも良かったのではないかと
思います。

この歌の功績

1979年から1980年にかけて、日本社会はバタンと音を立てて変わったと僕は思っています。
その転換期に「異邦人」は世の中を巻き込んだ最後の大ヒット曲になりました。それはまるで1970年代から1980年代への、新しい価値観の手渡し役だったように思えるし、1970年代に別れを告げるための置き土産にもなった気がします。
(敬称は略しました)

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