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3日目は羽黒山の参拝と鶴岡の散策をする計画です

庄内交通バス(鶴岡駅⇒羽黒隋神門)

鶴岡駅を7時52分発の庄内交通バスに乗って、羽黒山に向かいました。
庄内交通バスはかなり古いタイプのバスでした。液晶の運賃表示がなくて、運転席の後ろに運賃表が貼ってあるだけでした。
ギアチェンジするバーも長いタイプのもので、床までバーが届いていました。
鶴岡駅を出発してしばらく走ると、庄内平野の大きな水田を見ることができました。
8時30分に羽黒隋神門に到着しました。バスを降りると左側に、隋神門と社務所がありました。

羽黒山

社務所で聞いたところ、羽黒山には参拝料金というものは無いとのことでした。

羽黒山も東北地方を代表する名所のため、今までたくさんの人がブログの記事を書いていると思いますので、ここでは詳しくは書きません。

パンフレットによると隋神門から山頂まで2446段の階段があるそうです。登り始めると間もなく五重塔を見ることができました。
階段は特別天然記念物にもなっている杉並木の間にあるため、朝の日差しがその並木に差し込んでとても気持ちのいい階段でした。ただ二の坂というところは急で真っ直ぐな階段できつかったです。

二の坂を上がると左側に二の坂茶屋という所があるので、みんなここで名物のちから餅と抹茶のセットや、かき氷を食べていました。

山頂で月山羽黒山湯殿山の三神を合祭した三神合祭殿を参拝しました。
丁度、屋根の葺き替え工事をしていました。

山頂を少し進んでいくと羽黒山レストハウスのある広場に出ました。ここに鶴岡駅に戻るバスの停留所があります。

庄内交通バス(羽黒山頂⇒鶴岡駅)

10時55分発のバスに乗りました。下りは羽黒山有料道路を通って行くようにパンフレットに書いてありました。出発するとすぐにスキー場とスキーリフトが見えました。山頂からあまりに近いことに少し驚きました。しばらく下っていくと休暇村庄内羽黒という宿泊施設があり近くにはテニスコートもありました。その後しばらく走ると、朝降りた羽黒隋神門のバス停前を通って鶴岡駅へ向かいました。

鶴岡市内散策

昨日の夜、駅前のビルの中に入っている観光案内所の棚から貰ってきた地図を見ると、目指す鶴ケ岡城址公園にいくのには、鶴岡駅の少し手前にある、本町川端通りというバス停でバスを降りた方が良さそうなのでそこで降りました。

バスを降りてから、10分くらい歩くと鶴ケ岡城址公園に着きました。

鶴ケ岡城址の石碑

公園の中は大きな松の木がたくさん植えられていました。最初に藤沢周平記念館を訪ねました。
藤沢周平は鶴岡市出身の人気時代小説家で、庄内地方をモデルにしたといわれる海坂藩が舞台の小説をいくつも書いた人でした。
僕は小説は読んだことはないのですが、映画になった作品はほとんどテレビなどで見ています。
展示を見ると藤沢周平作品のことがよくわかるようになっていて満足しました。いくつかの気になる作品を見つけたので今度本を読みたいと思い、置いてあった作品リストをもらってきました。

公園の中は城が会った頃の堀や石垣が残っていましたが、大きな建物は特にありませんでした。

石垣

次に鶴ケ岡城址公園の隣にある庄内藩校 致道館にいきました。

致道館

橋を渡っていくところがいいなと思いました。無料で見学ができました。

次の場所に行く途中、道に沿って立っていた小さな門の表札に「丸谷」という名前を見つけました。
もしかしたら、鶴岡市出身の作家である丸谷才一さんの実家かもしれないと思っていたら、偶然そこから落ち着いた感じの女性が出て来たので「もしかしたら、丸谷才一さんの御実家ですか?」と聞いたら「そうです。」と答えてくれました。
僕が「丸谷さんがエッセイのなかで、鶴岡市出身ということをよく書いていたので、表札を見てもしかしたら丸谷さんの家かと思って、立ち止まってしまいました。あのご家族の方ですか?」とさらに聞いたら「主人がそうです」と言われました。
あまり立ち入って聞くのもおかしいので頭を下げて立ち去りました。もしかしたら、丸谷さんのご子息の奥さんだったかもしれないと思いました。
僕は丸谷才一さんの軽くて深いエッセイが大好きなので、この出会いは長く思い出に残ると思います。

次は旧風間家住宅 丙申堂にいきました。観光パンフレットによると、風間家は荘内藩の御用商人で、後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力を注いだと書いてありました。
この建物は明治29年に建てられたようです。

旧風間家住宅・丙申堂の門

この建物は国指定重要文化財になっています。
屋根は杉皮葺石置形式という、杉の皮を敷いた上に石を乗せた屋根で、珍しいと思いました。外の庭に出てみると屋根に石が確かに置いてあるのが見えました。

次は近くにある風間家旧別邸 無量光苑釈迦堂に行きました。
杉材を使った数寄屋風建築で明治43年に建てられました。国登録有形文化財となっていました。
庭もきれいでした。

風間家旧別邸 無量光苑釈迦堂の門

風間家は地元の他の銀行と合併して現在の庄内銀行となったそうです。

15分くらい歩いて鶴岡駅に戻りました。駅前には「大地」という名前のモニュメントがありました。

モニュメント「大地」

稲わらを背負った像が上に立っていました。庄内平野を象徴するようなものを作りたいという意図があったのだろうと思いました。
調べたら昭和62年に建てられたそうです。

また、駅舎のすぐ前には「雪の降る町を」の楽譜が彫られた石碑もありました。
この石碑も昭和62年に建てられたそうです。

調べたらこの曲を作曲した中田喜直さんが深い雪の降る中、友人を訪ねて鶴岡に来た時にメロディーが浮かんだそうです。中田喜直さんはその他に「夏の思い出」「めだかの学校」などが有名な作曲家です。このようなものを見ると、冬に訪ねてみたくなります。夏とは全く町の雰囲気が違うだろうと思います。。

15時35分発の羽越本線に乗って酒田駅に向かいました。酒田駅には16時15分に到着しました。
駅構内にある観光案内所で観光地図を貰い、ホテルに向かいながら街中の様子を見て歩きました。
繫華街へは駅から15分くらい歩きました。市役所は新しくて立派でしたが、街中の人通りは意外と少なく感じました。
市役所の近くの大衆食堂で少し早い夕食を食べました。サラリーマンや学生らしい感じの若い人が次々と入ってきて、500円の定食を注文していました。500円だけど、サラダ、かぼちゃの煮物、焼き魚などがセットになっていました。僕は生姜焼き定食を食べました。こちらにも、サラダ、かぼちゃの煮物などが付いていて満腹になりました。
この日はここまでです。

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