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簡単・最近読んだ本の紹介「途方に暮れて、人生論」保坂和志著(草思社)

保坂和志著(草思社)

タイトルは「途方に暮れて」ですが、保坂さんは全然途方に暮れていません。
「あとがき」にこの本がどんな本かよくわかる説明が書かれていますので、その文章を書き出してみます。
『とにかく、今はおかしな時代なんだから生きにくいと感じない方がおかしい。生きにくいと感じている人の方が本当は人間として幸福なはずで、その人たちがへこんでしまわないように、私は自分に似たその人たちのために書いた』
というものです。

保坂さんの小説の登場人物は社会に対して頑張らない人がほとんどで、このエッセイもそのスタンスで書かれいますが、小説より具体的に頑張らないことの意味や理由について書かれています。
そして、青少年から高齢者までのどの年代の人が読んでも励まされると思います。

また、教養が人間を支えていて、教養の中核になるのは文学や哲学だという考えを基に次のように補足しています。
『知識・教養というのは最終的に、他人からほめられるなど望まないようにその人を変えてゆく。他人からほめられるとかけなされるとかそんなことはどうでもよくて、際限のない知識の世界にその人を引き摺り込むものなのだ』

保坂さんは、何かが見えてくるまでにはとても長い時間がかかるのだから「ゆっくりやっていこう」と提案しています。そういう大器晩成的な見通しも生きにくい時代をやっていく中で必要ではないかと言っているように僕には読めました。

繰り返しになりますが、どの世代の人が読んでも心が勇気づけられる本だと思います。

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簡単・最近読んだ本の紹介「この人の閾(いき)」保坂和志著(新潮文庫)

保坂和志著(新潮文庫)

本のタイトルになっている「この人の閾」を含む四つの短編が入っている本です。
保坂和志さんらしく話の内容はとても淡々としていますが、簡単に言葉にならない人間の微妙な心のひだが書かれています。特に一つ目の「この人の閾」は主人公と大学時代のサークルの先輩で今は家庭を持っている女性との会話が話の中心ですが、会話中に先輩に対していろいろと気付いていく経過が読みどころです。
少し抜き書きしてみます。

『「三沢君って、昔からけっこうヒューマニスト的なところがあったわよね」
ヒューマニスト的?ぼくは小さく笑っただけだったが、聞いた途端に悲しいような気持ちが起こった。記憶の中の真紀さんといまの真紀さんの違いを感じたのだ。サークルのあの部屋でしゃべっていた頃の真紀さんだったら〝ヒューマニスト的〟というような安直な言葉は使わないはずだった。
 そういう何でもかんでも十把ひとからげにして雑に結論づけてしまうような週間誌や新聞記事みたいな言葉をむしろ一番嫌っていた、というか敏感だったのが真紀さんで、ぼくは不用意な言葉をずいぶん指摘された。』

また、学生の頃にはよくわからず誤解していたことが、久し振りに会うことで実像がわかったりした以下のやり取りも興味深く読みました。

『「あたしって、そういうことに対してじつはすごくおくてだったのよ。
 理屈ばかり言っててさあ、行動が伴ってなかったから━、セっちゃんなんかの方があたしよりよっぽど大胆なことしてたよね」
 やっぱりそうだったのかと思った。
 真紀さんははじめて見たときからすごく大人っぽい様子をしていたけれど、案外何もしていないんじゃないかというのは真紀さんが卒業する頃になってぼくも感じるようになった。』

このように初対面の先輩に対して「高校時代までは出会ったことのなかった、よくわからない少し不思議な人」という印象を感じた経験を持つ人はたくさんいるのではないかと思いました。
この話の中では不思議な人「真紀さん」も結婚して子供が出来て専業主婦を長年やっているうちに不思議度が落ちてしまったというか、主人公の「三沢君」も人生経験積んで見える範囲が広くなったのだと思いますが、久し振りに会った人との会話で自分も変わったことを知るのも人生の味わいだと思う話でした。

ただ専業主婦の「真紀さん」が最近は長い話の本ばかりを読んでいると告白し、その理由が「長い話は読み終わるのに時間がかかるから次に何をよもうかと迷う頻度がすくなくてすむことと、どうせ一気に読めないと思っているから読むのに中断されることに何の抵抗も感じないこと、それに長い話の方が緩くできていて自分の生活のテンポにあっているんだというようなことを言い・・・」というところを読んだ時「真紀さん」はやっぱり今もどこか変わっていて、そして読書好きで、それはとてもいいことだと僕は思いました。

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〈読鉄〉鉄道に関する本の紹介「絶景 春列車の旅」「絶景 夏列車の旅」「絶景 秋列車の旅」「絶景 冬列車の旅」櫻井寛著(東京書籍 1999~2000年初版)

櫻井寛著(東京書籍)
櫻井寛著(東京書籍)
櫻井寛著(東京書籍)
櫻井寛著(東京書籍)

著者の櫻井寛さんについて、あの宮脇俊三さんが各本の冒頭で以下のようなことを書いています。
この本を説明するための的確な文章になっているのでまずそれを紹介したいと思います。
『櫻井さんとは幾度も鉄道旅行をともにし、その精力的取材ぶりに感心した。が、私が言いたいのは、それでなく、「写真に気品がある」ということだ。どの分野に限らず、すぐれた仕事には題材の清潔・不潔にかかわらず、気品がある。その有無が一級品か否かの境目だろうと、私は信じている。
櫻井さんが写し出すのは、列車、駅、鉄道員、乗客であり、背後に広がる風景・風土であるが、そこには物語性がある。「作家になりたいと思った時期がある」と述懐する文学的素養に裏づけられているのだろう。それは添えられた文章からもうかがえる。
すぐれた写真家による日本の四季折々の絶景と文章を、手にとって楽しみたい。』

この4冊の本で日本の鉄道の有名な絶景路線はほぼ網羅していると思いますが、文章による説明だけでなく、写真家である著者が感動をそのまま写し出したような写真がとても良いです。天気の良い後日に自分が乗った列車を離れた場所から絶景風景と重ねて撮ったりしているのもさすがのプロの仕事だと感心しました。

櫻井寛さんは駅弁愛好家らしくて、沿線の駅で売られている駅弁をたくさん食べます。そしてそれらをたくさんのカラー写真で紹介していて、それもこの本を楽しい本にしている理由の一つです。この4冊でたぶん100ケ以上の駅弁の写真が載せられていると思います。
また、通学・下校途中の女子高生や各列車の女性乗務員にも、とてもこだわって写真を撮らせてもらっていますが、その写真は人を映しているのに、なぜかその地方の雰囲気が伝わってくるのが不思議です。

取り上げている鉄道路線を以下に示します。複数の路線を乗り継いでいるものは櫻井寛さんが個人的に命名していますが、そこがどこなのかはわかると思います。

「春」
内房線、磐越西線、会津鉄道、近鉄吉野線、大糸線、山形新幹線(奥羽本線)、富山地方鉄道、黒部峡谷鉄道、立山黒部アルペンルート、中央山岳縦貫線

「夏」
富良野線、根室本線(花咲線)、箱根登山鉄道、小梅線、江ノ電、三陸鉄道、瀬戸大橋線、土讃線、指宿枕崎線、南紀一周黒潮線

「秋」
陸羽東線西線、只見線、伊豆ロムーニ鉄道(修善寺・虹の郷)、高山本線、のと鉄道、嵯峨野観光鉄道、豊肥本線、肥薩線、山陰本線

「冬」
宗谷本線、釧網本線、函館本線、函館市電、青函航路、津軽線・海峡線、日本海縦貫線など

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最近読んだ本の紹介「草の上の朝食」保坂和志著(中公文庫)

保坂和志著(中公文庫)

1993年に野間文芸新人賞を受賞した小説です。そして、とても小説らしくて楽しく読める本です。
語り手「ぼく」は主人公ではなくて、「ぼく」の周りに集まっている変人達がしいていえば主人公かもしれません。その構成は、「ぼく」のアパートに転がり込んできた男二人と美女一人、競馬仲間のおじさん二人、行きつけの喫茶店で以前ウエイトレスのアルバイトをしていた恋人の女性などです。

「ぼく」の周りのいる変人達は競馬仲間のおじさん以外はまともな職業を持っていない人達で、図々しく「ぼく」のアパートに転がり込むことで生活を何とか維持しているのに、まともに働こうという気持ちがまったく見えないところが普通ではないです。以前読んだ保坂さんのエッセイに「他人から見て、何をしている人なのかわからない人が人生の達人ではないか」というようなことを書いていたことを思い出しました。この本の登場人物はその様な人達です。

特に僕が気になった人は「島田」という名前の、早口のために慣れないと聞き取れない喋りをする青年です。
用事も無いのに毎朝8時か9時に外に出て、山手線乗ったり、喫茶店や本屋に行ったりするだけのことを毎日繰り返し、部屋では聖書やニーチェを読んでいろいろ考えています。
これは僕の個人的な考えですが、こういうわけのわからない人が、世の中の仕組みの隙間を突くような新しい文化や商売を見つける人ではないかと思います。まともに会社に行っていたらなかなか突拍子も無いアイデアは浮かばないし、やってみようとも思わないのではないかと思います。だからいつの時代もこのような人こそ、新しいものを創造できる貴重な人ではないかと思います。
この小説の中では変人のことを、「才能」という言葉でプラスに見ているところが一貫していて、そこがこの小説にとても深みを与えていると感じました。

この小説は普遍的な人間の心の繊細さを説明する文章が突然出てきます。例えば、「ぼく」が元喫茶店のウエイトレスの工藤さんという恋人の部屋に行って彼女と親密になった後にこんなことを思います。
『あのときぼくは「かなしい」と思ったことを知った。それを「かなしい」というのはおかしいのかもしれないが、ぼくはきっとあのとき工藤さんのからだに流れた時間を思い、その時間が流れていくことに言葉
が必要になって「かなしい」と思い、だからその「かなしい」というのは工藤さんのことなのではなくて、こうしているあいだにもみんなに共通に時間が流れていることの意味なのだろうけれど、
それでもそれをぼくに知らせたのは工藤さんでぼくは感傷でもない性欲でもない、ただ工藤さんを思う気持ちが胸の中で膨らんでいくのを感じた。』
この文章はちょっとわかりにくいけど、一緒にいる最中に「かなしい」と感じてしまうことや、その「かなしさ」が相手との心の距離を近づけてくれるという、理屈では説明できない青年男子の微妙な心の内を言っているのだと思います。この気持ちを小説で書いた人は、そんなにたくさんいないのではないかと思います。
この後、「ぼく」は工藤さんの寝顔を見て、「ズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気がして」と言っていますが、これも僕はわかります。無防備な自分の彼女の寝顔には、言葉にならない吸い込まれるような何かがあると思います。

特別な事件が起きるわけでもなく、登場人物の人間性だけで話が進んでいく小説はやっぱり面白くて、充実した読書時間を味わえる本だと思いました。

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簡単・最近読んだ本の紹介「日本語の起源」大野晋著(岩波新書)

大野晋著(岩波新書)

日本語の原形は南インドのタミル語ではないかという研究を長年行ってきた大野晋さんの代表的な本です。
言葉だけでなく、文化面もいろいろな伝搬があったことも書いていて、それもとても興味深い内容でした。

今も日本語として使っている言葉の内500語が余りがタミル語由来であることを説明していますが、特に注目することはやはり稲作文化に関係する言葉が多いことです。大野晋さんは稲作、粟などの耕作技術を日本に持ってきたのは南インドのタミル語を使う人々だと思うと書いています。田んぼ稲、米,粥、餅、早稲などの言葉が、タミル語ととても似ているからです。
また、朝鮮語も共通しているところが多いことから。朝鮮半島にもほぼ同時期に稲作文化が南インドから伝承したのではないかと予測しています。つまり稲作文化は一般に言われている朝鮮半島からもたらされたものではなくて、南インドから朝鮮半島と日本列島に並行して入ってきたと考えているのです。この説は僕には新しくて驚きました。
一般に弥生人の出身地とされている揚子江下流地域の中国語が、穀物栽培に関わる言葉として何一つ伝来していないことも問題にしています。

また、正月に門松を立てたり、鏡餅を供えたりすることなども南インドの風習にあるそうでです。この本のなかでは正月行事の共通しているものを他に12ケ紹介しています。それは穀物栽培の文化に由来したものであることがよくわかります。
さらに、奈良時代や平安時代まで続いていた「妻問い婚」という結婚の形も、元は南インドの風習であったようです。このことは、あの司馬遼太郎さんも「妻問い婚」は南方からきたものだとエッセイで書いていたことを思い出しました。その時司馬さんは日本の海沿いの集落に少し残っている「若衆宿」という若者教育システムも南方からきたものだと紹介していました。ただ、南方ということだけで、「南インド」と限定はしていなかったような記憶があります。

日本文学の伝統である和歌の「五七五七七」の形式も古代タミル語の歌にあることも説明しています。和歌の形式は日本独自のものだとずっと思っていたのでとても驚きました。

縄文時代以前の日本の言葉はポリネシア語族の一つだったが、そこに縄文時代晩期にタミル語がかぶさってきたと大野晋さんは考えています。そして新しい文化に付随してきた単語はそのまま日本国内で使われるようになったと予想しています。現在使っている「テレビ」とか「ラジオ」などのような本来英語だった言葉が日本語に溶け込んでいることとと同じだと説明しています。

以前NHKの番組で酒に弱い体質(腐った食物を食べてしまった時の耐性強化に伴う体質変化)を持っているのは揚子江下流域の人と日本の近畿地方の人だというのを見た時、弥生文明は揚子江下流域の人が大型船で朝鮮半島を経由して日本に来て始まったと思っていました。
しかし、この本で南インドと日本のつながりの深さを読んでしまうと正直「どういう事だろう?」と思ってしまいました。
弥生文化の始まりを問題にした時、現在も南インドのことは余り取り上げられていないのではないかと思います。これほど証拠が揃っているのにその理由はわかりません。この本は1990年代に出版されましたが、当時の反響はどうだったのかも気になるところです。
最後のページに研究を総括した文章が載っていて、大野晋さんの主張がとてもはっきりとよくわっかりました。

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〈読鉄〉鉄道に関する本の紹介「日本の鉄道 車窓絶景100選」今尾恵介 杉崎行恭 原武史 矢野直美(新潮新書・2008年初版)

今尾恵介 杉崎行恭 原武史 矢野直美「新潮新書)

地図エッセイストの今尾さん、鉄道フォトライターの杉崎さん、鉄道に詳しい大学教授の原さん、鉄道フォトライターの矢野さんが対談して決めた100選です。司会は「日本鉄道旅行地図帳」の企画総責任者の新潮社の田中比呂之さんです。田中さんは日本の鉄道の全線を完乗したツワモノです。

日本の鉄道を知り尽くした人達が選ぶ100選なので、これはもう究極的な選択ですが、残念ながら100選にもれた所もあります。そして、そこを入れる入れないで行うキビシイ討論の様子もこの本の読みどころになっていると思います。

僕が楽しかったのは地方のローカル線の車窓もしっかり入っていることと、それを、「ちょっと地味だからやめておきましょう。」と誰も言う人がいないことでした。「新幹線もローカル線も同じ土俵の上で」検討するところがプロらしいと思いました。

その選ばれた地方ローカル線を少し紹介します。
津軽鉄道(芦野公園~深郷田)、阿武隈急行(あぶくま~丸森)、富士急行(三つ峠~下吉田)、長野電鉄(上条~湯田中)、氷見線(越中国分~雨晴)、万葉線(中伏木~庄川口)、岳南鉄道(岳南原田~比奈)など、小さな鉄道路線がだいぶ含まれています。そして、かなり知る人ぞ知る的な感じがとてもいいと思いました。

本の最後に100選を網羅した日本地図と見どころ解説付きの一覧表が付いているのがとても親切です。
僕はここをコピーして鉄道旅行に持ち歩くことにしました。遠くのローカル線は何回も乗りに行けないので車窓絶景を見逃したくないからです。

4人の選定者の人達も言っていたと思いますが、絶景というのは、最終的には車窓を見ているその人の個人的な趣味にいきついてしまうのも事実だと思います。それでも、とても参考になる一冊でした。

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簡単・最近読んだ本の紹介「お探し物は図書室まで」青山美智子著(ポプラ社)

青山美智子著(ポプラ社)

久し振りに、読みながら元気をもらえる本に出会いました。短編が五つ入っていますが、どの話にも同じ図書室の同じスタッフが登場するところがこの小説のミソです。
各話ごとに主人公がいますが、みんな現在の日本ではどこにもいる人ばかりです。職業はスーパーマーケットの服飾部門で働く若い女性、会社で経理の仕事をしている若い男性、小さい子供が一人いる元雑誌編集者の女性、自分に向いた仕事を見つけられなくてニートになっている若い男性、定年退職したばかりの初老の男性です。
しかし、この小説の本当の主人公は図書館司書の中年の女性で、それがひとつの仕掛けになっています。

各章の主人公たちはそれぞれ悩みを持って生活していますが、ちょっとした巡り合わせで、コミュニティハウスの中にある図書室にたどり着きます。そして、図書館司書に紹介された本を読むことがきっかけになって、考え方が変わり新しい価値観を手に入れていきます。

図書館司書の紹介する本は、それぞれの人が元々探していた本の他に、まったく関係のない本がなぜか一冊加えられています。そして、この一冊が借りていく人にとても大きな影響を及ぼしていくのです。もちろんその本がどんな内容なのかは、話の流れの中でだいたいわかるようになっているので、その本を後から自分も読みたくなります。
また、図書館司書の女性が、「おまけ」と言って自分が作った羊毛フェルトの小さな一品を毎回プレゼントしますが、これが悩んでいる人にちょっとしたヒントをもたらしたりしするところも面白いです。

各章の主人公たちが、落ち着いた気持ちを得て、本当に自分がやりたいことを見つけていく話でした。この本を読んでとても前向きな気持ちになりました。

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〈読鉄〉鉄道に関する本の紹介「にっぽん鉄道100景」野田隆著(平凡社新書・2013年初版)

野田隆著(平凡社新書)

乗り鉄の専門家の野田隆さんが紹介する日本国内の鉄道100景の本です。
僕が気になった路線を書き出します。

「釧網本線」

オホーツク海沿岸を走る唯一の路線で、夏は原生花園といういろいろな花が咲き乱れる場所がよくて、冬は流氷を見る観光列車の「流氷ノロッコ号」が走ります。また、北浜駅はホームの目の前が海で、ホームのはずれには展望台もあるしうです。そして、無人駅ではあるけど「停車場」という名前のレストランが入っていてそれもいいと書いています。
オホーツクの海原を充分に堪能できるそうです。

「羽越本線」

村上~鼠ヶ関の海岸線は笹川流れと呼ばれる奇岩や絶壁の続く絶景風景を見ることができます。
この絶景をゆっくりと観賞したければ、桑川駅で途中下車して遊覧船に乗るという方法があるそうです。

「根室本線」

この路線で見ることのできる十勝峠越えの車窓日本三大車窓のひとつです。札幌方面から東に向かい、新狩勝トンネルを抜けて大きなS字カーブを描きながら峠を下っていくと、雄大な十勝平野を見ることができるそうです。その景色は日本離れして北海道らしいと書いています。。

木次線(島根県)

秘境的な雰囲気と三段スイッチバックが楽しめる路線です。
三段式スイッチバックを体験できるのは出雲板根駅です。

肥薩線(熊本県・鹿児島県)

スイッチバックのある真幸駅があります。また、真幸駅と隣の矢岳駅の間が日本三大車窓の一つになっていて、えびの高原と霧島連山を見渡すことができるそうです。大畑駅ループ線とスイッチバックがある素晴らしい駅です。

次は、駅舎や駅の様子で興味深かったものを紹介します。

阪急電鉄梅田駅

この駅から、京都線、宝塚線、神戸線という三つの路線が集結しているため、九線十面の櫛形ホームがずらりと並んでいます。このホームに阪急の栗色の電車が同時に並んでいる様子は見応えがあるようです。
しかも朝のラッシュアワーを過ぎると、三本の特急電車が10分おきに同時発車するので、かなり壮観らしいです。

東武鉄道浅草駅

東京スカイツリーの開業に伴って、アールデコ様式の建物になりました。このアールデコ様式は1931年の駅ビル完成時の姿に戻したものだそうです。(途中で違う形に改装されていた)
東武浅草駅は正面玄関を入って階段やエスカレーターで2階に上がると、改札口の先にホームが並んでいます。ここは天井が低くて先の方ではホームが急カーブしていて、とても特徴的な駅だと書いています。
また、ホームと電車の間の隙間が大きいために、渡り板が置いてあるということも紹介しています。
僕は浅草駅から隣のスカイツリー駅(業平橋駅)の間は、とても大きくゆっくりとカーブしながら隅田川を見下ろしながら走るという印象があります。今は改良工事が行われているかもしれませんが、あの車窓はたいへんな絶景でした。

原鉄道模型博物館

2012年の夏にオープンしたそうで、見どころはその模型が両手で抱える程大きいことだと書いています。
日本国内だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、オーストリアなど世界各国にまたがり、古典的な蒸気機関車もあるそうです。
巨大なジオラマに立つ人々もそれぞれ表情があって、見ているといつの間にか鉄道模型の世界に吸い込まれてしまうらしいです。

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簡単・最近読んだ本の紹介「さざなみの日記」幸田文著(講談社文芸文庫)

[幸田文]のさざなみの日記 (講談社文芸文庫)
幸田文(講談社文芸文庫)

この本は昭和29年に書かれた本です。これは小説仕立てになっていますが、主人公の境遇や家族構成などは著者の幸田文さんに重なります。話の舞台は東京都心の古くからの住宅地です。幸田文さんはこの頃は文京区小石川に住んでいたらしいので、僕はそのつもりで読みました。詳しくは知らないのですが、小石川辺りは江戸時代には武士の屋敷などもある所で、下町とも言えないようなところではないかと一人で想像しながら読みました。

昭和29年頃の東京に住む庶民の生活感覚の中に、はっとするような物の見方などが書かれています。
登場する人物も少ないし、若干の個性は当然ありますが、総じて普通の人達の生活とそこから生まれる会話でこの話は作られています。しかし、この普通の生活の中に、今の東京や日本人が無くしてしまったものが確かに書かれていると思いました。また、主人公の家に来ているお手伝いのおばさんの近所付き合いの様子は、中高年の僕などは少しの懐かしさを感じました。

心に止まったことを書き出してみます。
「近い先ゆきに何か特別な一大事件が発生しそうなけはいもないけれど、毎日まるでなんにもないことはない。明るく晴れている海だって始終さざ波はあるもの、それだから海はきらきらと光っている」
家族との生活の中に、いつも小さなさざ波があっていいのだと言っていると思います。さざ波があるからこそ輝けるのだということだと思います。懐の深い考え方で、共感しました。

「取柄は多少字が書けるというほかに、ひとの内輪を穿鑿しないことだ。決して立ちいらない。冷淡とか面倒がりとかいうのではなく、総じて明敏というたちでないのを承知しているいから、ひとのことをごちゃごちゃ頭のなかへ納め入れるのは好まない。」
これは人と付き合っていく中で、大切な知恵ではないかと思います。家族以外の人に干渉し過ぎるのは失礼だし、却って相手との距離が出来てしまうということを知っている人の言葉だと思いました。

「生活の楽な女より苦しい女のほうが、ある場合、きびきびと、生々(いきいき)としている・・・」
この言葉には、かなり深い洞察があると思いました。男から見た女性評では無く、女の人から見てこのような傾向があることを指摘されると、「そうかもしれない」と素直に思ってしまうし、人の幸せとは何かと改めて考えてしまいます。

話の本筋からそれますが、驚いたことがあります。それは、この本が書かれた昭和30年頃の昔からの東京の町では、近所の主婦同士が時々集まって食べたり飲んだりしていたことです。今はどうなのかわかりませんが、たぶんやってないのではないかと思います。(商店街ではあるかもしれません)
そしてこの時代の人はみんな長唄の「越後獅子」を知っていて、三味線を弾いてみんなで歌ったり踊ったりしていたことに驚きました。有名な曲ならば、他の長唄や端唄もみんなが知っていた時代だったと想像できます。また、三味線を弾ける人が近所に普通にいたこともすごいです。60年前は、こんなに趣きのある東京の暮らしがあったのだとビックリしました。日本人は便利さと引き換えに、心の豊かさや、ささやかな楽しみを無くしたのかもしれません。

本の背表紙に「洗練された東京言葉の文体」と紹介されていますが、確かに美しい日本語の中にどこか懐かしさを含んだ文章は、読むだけでいい気持ちになりました。

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〈読鉄〉鉄道に関する本の紹介「旅するこころ」岡田喜秋著(講談社文庫・1981年初版)

[岡田喜秋]の旅するこころ (講談社文庫)
岡田喜秋(講談社文庫)

岡田さんは日本交通公社が出版していた旅行雑誌「旅」の編集に1947年から1971年まで携わっていた人で、その後は紀行作家として活躍された方です。
雑誌「旅」の編集者をしている時、旅行好きで有名な文筆家の阿川弘之さんにたくさん原稿を依頼しています。それらをまとめた本が「お早く御乗車ねがいます」というタイトルで中央公論社から出ていますが、この時の中央公論社の編集者があの宮脇俊三さんでした。この話は「お早く御乗車ねがいます」のあとがきに書かれています。たいへんな人達が揃ったものだと感心します。
この本では1980年当時の、日本人の旅についての考察が書かれています。特に鉄道について書かれているわけではないですが、乗り鉄旅の途中で夜間の移動になった時などに読んでみると面白いと思って紹介します。

前半は、欧米人と日本人は歴史的な差異から旅のスタイルが違うという話や、高原などにできた、人によってつくられた人工的な「第二の自然」をどう考えるかということが語られています。
これらは、普段あまり考えずに旅をしている僕にとって、観光化された国立公園などに行った時、一瞬立ち止まるきっかけになりそうです。

旅のプロの岡田さんが好む小京都が紹介されていました。
角館、横手、盛岡、高山、金沢、三次(みよし)、津山、津和野、萩、山口、伊予大洲、島原、人吉、
日田、豊後竹田
です。
これらの街は現在ではそれぞれ、「重要伝統的建造物群」、「景観重要建造物」、「歴史的街並み景観形成地区」、「歴史的建造物」などに指定されています。岡田さんは城そのものより城下町の趣きのほうが好きだったようなので、今の状況は喜んでいると思います。
僕は半分も行ってないですが、小京都に魅力を感じる一人です。

それから各地の旅行に適した季節を教えてくれています。
北海道は初夏、東北は初夏か秋、信州は夏、瀬戸内海は春,南九州は冬がいいそうです。
北海道は特に6月がよく、梅雨がないから。東北は秋の十和田湖や裏磐梯の湖がよく、信州は高原なので夏が涼しくて快適であり、四国や南九州は本州がまだ寒い頃にいち早くナタネの花が咲く早春が最も快適だと書いています。これは素直にうなずける話だと思いました。

岡田さんは船旅を推奨しています。理由は移動に時間がかかるから良いのだという考えです。ジェット機のような人間の生理に反したようなスピードの乗り物は、文化の進歩が生んだ悲劇だとまで言っています。
旅は目的地だけではなくて、途中に起きる自分の心の変化や、出会った人との心の交流などが旅情だと書いてます。そういう話だと、現代ではローカル線の旅はなかなかいい旅かもしれないと思いました。

長く旅雑誌の編集をしていた著者の岡田さんが、本のタイトル通り、「旅をするとはどういうことなのか」を書いた本だと思います。

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